病気や事故、あるいは生まれつきの特性によって障害のある方が、その事実と向き合う過程で「障害受容」という言葉を耳にすることがあります。この言葉は、障害を乗り越え、前向きに生きるための大切なステップとして語られる一方で、多くの当事者にとって「受け入れなければならない」という重圧や焦り、葛藤の原因にもなっています。
しかし、結論から言えば、「障害受容」は無理にする必要はありません。大切なのは、受容というゴールを目指すことではなく、障害によって生じる様々な感情や困難と上手に向き合い、「対処」していくことです。
この記事では、まず「障害受容」という言葉がなぜ当事者を苦しめることがあるのかを解説し、受容に代わる新しい考え方として「障害への対処」という視点を提案します。さらに、葛藤と向き合うための具体的なヒントや、安心して自分らしくいられる場所の重要性について、分かりやすくお伝えします。
障害とどう向き合えばいいのか、一人で悩んでいるあなたの心が、少しでも軽くなるヒントが見つかれば幸いです。
「障害受容」とは何か その言葉がもたらすプレッシャー
障害のある方やそのご家族が、支援者や医療関係者から「障害を受容することが大切です」と言われた経験は少なくないかもしれません。「障害受容」とは、一般的に、自分に障害があるという事実を認め、それと共に生きていくことを受け入れる心理的なプロセスを指します。この考え方は、多くの専門家によって語られ、当事者が前向きな人生を歩むための重要なステップだと考えられてきました。
しかし、この「受容」という言葉が、時として当事者を追い詰める「呪い」のように機能してしまうことがあります。「受け入れなければならない」というプレッシャーが、かえって自己否定や孤立感を深めてしまうのです。ここでは、まず伝統的な障害受容の考え方と、それがもたらす葛藤について見ていきましょう。
障害受容のプロセスを示す心理段階モデル
障害受容のプロセスを説明する際によく用いられるのが、「心理段階モデル」です。これは、人が大きな喪失や困難に直面したときに経験する心理的な変化を、いくつかの段階に分けて説明する理論です。代表的なモデルとして、以下のような段階が挙げられます。
| 段階 | 心の状態 | 具体的な心理や行動の例 |
|---|---|---|
| ショック期 | 障害を告知された直後の混乱した状態 | 頭が真っ白になる、何も考えられない、現実感がない |
| 否認期 | 障害があることを認められない状態 | 「何かの間違いだ」「そんなはずはない」と事実を否定する |
| 混乱期 | 怒り、悲しみ、抑うつなど、様々な感情が渦巻く状態 | なぜ自分が、という怒り、将来への絶望感、気分の落ち込み |
| 解決への努力期 | 障害と共に生きるための方法を模索し始める状態 | リハビリに励む、同じ障害のある人の話を聞く、情報を集める |
| 受容期 | 障害を自己の一部として認め、新たな価値観を見出す状態 | 障害があっても自分は自分だと思える、新たな目標を見つける |
このモデルは、人が困難な状況に適応していく過程を理解する上で、一つの参考になります。しかし、この段階モデルが広く知られるようになったことで、新たな問題も生まれています。
「受け入れなければ」という焦りや葛藤
段階モデルを知った当事者や家族は、「自分は今、否認期にいるのかもしれない」「早く受容期に行かなければ」といったように、モデルに自分自身を当てはめて考えがちです。そして、怒りや悲しみを感じる自分を「まだ混乱期から抜け出せていないダメな自分」と責めてしまうことがあります。
周囲の支援者や家族からの励ましも、「早く受け入れて元気になってほしい」という期待の裏返しであることが多く、それがプレッシャーになることも少なくありません。世の中には、障害を乗り越えて活躍する人の「感動的な物語」が溢れていますが、そうした物語に触れるたびに、「それに比べて自分は…」と落ち込んでしまう人もいます。
このように、「障害受容」は、本来は当事者の心を支えるための概念であったはずが、いつしか「当事者が達成すべき課題」や「あるべき姿」という規範となり、多くの人を苦しめる結果になっているのです。
受容はゴールではなく揺れ動くプロセス
そもそも、人の心は段階モデルのようにきれいに一直線に進むものではありません。一度は「受け入れられた」と思っても、ふとした瞬間に悲しみや怒りがこみ上げてきたり、体調や環境の変化によって気持ちが後ろ向きになったりすることは、ごく自然なことです。
「受容」を最終的なゴールと捉えてしまうと、気持ちが揺れ動くたびに「自分は後退してしまった」と感じ、苦しくなってしまいます。大切なのは、受容を固定的なゴールと考えるのではなく、障害と共に生きていく中で、気持ちは常に揺れ動き続けるものだと理解することです。良い時もあれば、悪い時もある。その揺らぎを、自分自身が許してあげることが何よりも重要です。
障害を「受容」するのではなく「対処」するという考え方
「障害を受け入れられない自分はダメだ」と責める必要はありません。むしろ、「受容」という曖昧で精神的なゴールを目指すのを一度やめて、「対処（coping）」という、より具体的で実践的な考え方に切り替えてみてはどうでしょうか。
「対処」とは、障害があることによって生じる具体的な困難や、それに伴うネガティブな感情に対して、一つひとつ工夫しながら付き合っていく、という考え方です。心のあり方を変えようとするのではなく、行動や環境を変えることで、結果的に心の負担を軽くしていくアプローチと言えます。
ネガティブな感情を否定しない
障害と共に生きていく中では、怒り、悲しみ、不安、妬みといったネガティブな感情が生まれるのは当然のことです。これらの感情は、決して悪いものではなく、自分を守るための自然な反応です。
無理にポジティブになろうとしたり、ネガティブな感情に蓋をしたりする必要はありません。「今、自分は怒っているな」「将来が不安なんだな」と、まずは自分自身の感情をありのままに認めてあげましょう。感情を否定せずに受け止めるだけでも、心は少し楽になります。信頼できる誰かにその気持ちを話したり、文章に書き出してみたりすることも、感情の整理に役立ちます。
自分の障害特性を客観的に理解する
感情的な側面と少し距離を置き、自分の障害について客観的に「知る」ことも有効な「対処」の一つです。
- 医学的にどのような特性があるのか
- どのような状況で困難を感じやすいのか
- 逆に、どのような状況なら能力を発揮しやすいのか
- 疲れやすい、光や音に敏感など、感覚的な特性はないか
これらを冷静に分析し、自分自身の「取扱説明書」を作るようなイメージです。自分の得意・不得意が分かると、無駄なエネルギーを使わずに済みますし、自己嫌悪に陥ることも少なくなります。これは、障害を「自分の一部」として認めることとは少し違い、むしろ自分という存在から障害という「機能」を切り離して、客観的に分析する作業に近いかもしれません。
必要な支援や配慮を言語化し伝える
自分の特性を客観的に理解できると、次に他者へ具体的なお願いがしやすくなります。これは「障害の社会モデル」という考え方にもつながります。このモデルは、「障害」は個人の心身機能にあるのではなく、社会の側にある様々な障壁（バリア）によって作り出される、と捉えます。
つまり、問題は「自分自身」にあるのではなく、「自分と環境とのミスマッチ」にあると考えるのです。この視点に立つと、自分を変えようと苦しむのではなく、環境の側にあるバリアを取り除くための具体的な要求（合理的配慮）を考えることができます。
- 「一度に多くの指示をされると混乱してしまうので、一つずつお願いできますか？」
- 「疲れやすいので、週に2日は在宅勤務にさせていただけますか？」
- 「会議では、後から文字で内容を確認できるように、議事録の作成をお願いできますか？」
このように、必要な支援を具体的に「言語化」して伝えるスキルは、社会の中でより良く生きていくための強力な武器になります。これは、単に「受容」して耐え忍ぶのとは全く異なる、主体的で積極的な「対処」と言えるでしょう。
葛藤と向き合うための具体的なヒント
障害との向き合い方は、一人ひとり違って当然です。焦らず、自分のペースで、自分に合った方法を見つけていくことが大切です。ここでは、障害を抱える中で生じる葛藤と、上手に向き合っていくための具体的なヒントをいくつかご紹介します。
信頼できる人に気持ちを話してみる
一人で悩みを抱え込んでいると、考えが堂々巡りになったり、視野が狭くなったりしがちです。信頼できる誰かに自分の気持ちを話してみることは、心を軽くし、考えを整理するための第一歩です。
話すことで、劇的な解決策が見つかるわけではないかもしれません。しかし、「誰かが自分の気持ちを分かってくれた」と感じるだけでも、孤独感が和らぎ、心が安らぐものです。また、自分の言葉で気持ちを表現するプロセスを通じて、自分でも気づかなかった本心に気づくこともあります。
家族や友人・専門家・当事者など
相談相手は、一人に絞る必要はありません。内容によって、話す相手を使い分けるのも良いでしょう。
- 家族や親しい友人
- 最も身近な存在であり、日々の小さな変化にも気づいてくれるかもしれません。ただし、近すぎるがゆえに心配をかけたくない、客観的なアドバイスがもらいにくい、といった側面もあります。
- カウンセラーや医療関係者
- 守秘義務があり、専門的な知識に基づいて話を聞いてくれます。客観的な視点から、自分の状況を整理するための手助けをしてくれるでしょう。地域の障害者支援センターなども相談窓口になります。
- 同じ障害のある当事者（ピアサポート）
- 同じような経験をしてきた仲間だからこそ、言葉にしなくても分かり合える部分が多くあります。当事者会やセルフヘルプグループに参加してみると、「悩んでいるのは自分だけじゃない」と感じられ、孤立感の解消につながります。
自分に合った環境を整える
前述の「障害の社会モデル」の考え方にも通じますが、自分が過ごす環境を調整することも非常に重要です。無理に苦手な環境に自分を合わせようとするのではなく、自分が心地よいと感じられる、能力を発揮しやすい環境を主体的に選んだり、作ったりしていくことが大切です。
例えば、聴覚過敏があるなら、静かな環境でできる仕事を探す、人混みを避けるといった工夫が考えられます。対人関係が苦手なら、一人で黙々と進められる作業を選ぶのも良いでしょう。物理的な環境だけでなく、自分の障害に理解があり、協力的な人が多い職場やコミュニティを選ぶことも、心の安定に大きく影響します。
仕事や趣味など没頭できる時間を持つ
四六時中、障害のことばかり考えていると、気持ちは滅入ってしまうものです。意識的に、障害のことを忘れられるくらい夢中になれる時間を持つことをお勧めします。
それは仕事でも、趣味でも、何でも構いません。絵を描く、音楽を聴く、ゲームをする、植物を育てる、好きな本を読むなど、自分が「楽しい」「心地よい」と感じられる活動に没頭する時間を作りましょう。
何かに集中している時間は、不安や悩みから心を解放してくれます。また、趣味などを通じて「できた」「上達した」という小さな成功体験を積み重ねることは、失われがちな自己肯定感を回復させる上でも非常に効果的です。
就労継続支援B型事業所という「ありのままでいられる場所」
ここまで、障害との向き合い方について様々なヒントをお伝えしてきましたが、「自分に合う環境を見つけるのは難しい」「相談できる相手がいない」と感じる方もいらっしゃるでしょう。そんなとき、安心して自分らしくいられる居場所の一つとして、「就労継続支援B型事業所」という選択肢があります。
B型事業所は、障害のある方が、自分の体調やペースに合わせて、無理なく軽作業などを行う福祉サービスです。単に「働く場所」というだけでなく、葛藤を抱えたままでも安心して過ごせる「居場所」としての役割も担っています。
受容を強要されない安心できる環境
多くのB型事業所では、支援員が利用者一人ひとりの特性や気持ちに寄り添ってサポートを行います。そこでは、「障害を受容しなさい」「もっと前向きになりなさい」といったプレッシャーをかけられることはありません。
むしろ、「今日は気分が乗らない」「この作業は苦手だ」といったネガティブな気持ちも、正直に伝えることが歓迎されます。障害を受容できていなくても、気持ちが揺れ動いていても、ありのままの自分を受け入れてもらえる。そうした安心感が、心を回復させるための土台となります。
日々の安定した通所を通じて生活リズムを整えたり、支援員や他の利用者さんとコミュニケーションをとったりする中で、自然と孤独感が和らいでいくことも期待できます。
働くことを通じて自己肯定感を育む
B型事業所で行う仕事は、データ入力や軽作業、清掃、農作業など様々ですが、いずれも自分のペースで取り組めるものが中心です。
最初は簡単な作業から始め、「ありがとう」と感謝されたり、自分が作ったものが誰かの役に立っていると実感したり、そして作業の対価として「工賃」を得たりする経験は、大きな自信につながります。
「自分も社会の一員として役割を果たせるんだ」という感覚は、障害によって傷ついた自己肯定感を少しずつ育んでくれます。それは、「障害を受容する」というような大げさなものではなく、日々の小さな達成感の積み重ねを通じて、自然と自分を認められるようになっていくプロセスなのです。
悩んでいる今のあなたをオリーブは受け止めます
もしあなたが今、障害とどう向き合えばいいのか分からず、暗闇の中にいるように感じているなら、ぜひ一度、私たち就労継続支援B型事業所オリーブにご相談ください。オリーブは、関西（大阪、兵庫、京都、奈良）で、あなたの「ありのまま」を受け入れる場所を提供しています。
無理に前を向かなくても大丈夫
私たちは、「障害を受け入れなければならない」とは決して言いません。辛い時は辛いと言っていいし、無理に前を向く必要もありません。今のあなたの気持ちを、私たちは否定せずに受け止めます。まずは、安心して過ごせる場所で、少しだけ心を休めてみませんか。
自分のペースで次の一歩を考える場所
オリーブは、あなたのペースを何よりも大切にします。すぐに働きたいという気持ちでなくても構いません。見学や体験利用を通じて、事業所の雰囲気を感じてみるだけでも大丈夫です。支援員と話をする中で、少しずつ自分の得意なことや、やってみたいことを見つけていきましょう。私たちは、あなたが自分のペースで次の一歩を踏み出すための伴走者でありたいと考えています。
まずはあなたの気持ちを聞かせてください
一人で悩みを抱え続けるのは、とても辛いことです。どんな些細なことでも構いません。あなたの今の気持ちや不安、将来のことなど、まずはお話を聞かせてください。オリーブの経験豊富な相談員が、あなたに寄り添い、一緒に考えていきます。下記のお問い合わせフォームや電話から、お気軽にご連絡ください。