ヤングケアラー問題とは?子どもを孤立させない「コミュニティケア」と地域の支援

「ヤングケアラー」という言葉を耳にしたことはありますか?このコラムでは、本来大人が担うべき家族のケアを日常的に行っている子どもたち、「ヤングケアラー」が直面する深刻な課題と、その背景にある社会構造を解説します。
こども家庭庁の調査では、高校2年生の約17人に1人がヤングケアラーに該当すると報告されており、これは決して一部の特別な家庭だけの問題ではありません。ヤングケアラーは、学業や友人関係、自らの心身の健康に大きな影響を受けながらも、家庭内の問題であるがゆえに支援につながりにくく、社会的に孤立しやすいという現実があります。
この記事では、家族だけでケアを抱え込むのではなく、地域社会全体で支える「コミュニティケア」という考え方を紹介します。そして、ケアを必要とする方自身への支援を充実させることが、結果としてヤングケアラーの負担軽減につながるという視点から、就労継続支援B型事業所のような社会資源が家族全体の助けとなり得るのかを具体的に解説します。
ヤングケアラーとは 大人が担うようなケア責任を負う子ども
ヤングケアラーの定義
ヤングケアラーに法令上の明確な定義はありませんが、一般的に「本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っている子ども」とされています。彼らは、病気や障害のある親の介護、祖父母の介助、幼いきょうだいの世話、日本語が不得手な家族のための通訳など、家庭環境によって多岐にわたる役割を担っています。
その行為の多くは、大切な家族を思う気持ちからきていますが、責任が子ども自身の年齢や成長に見合わないほど過度になることで、教育を受ける権利や、友人関係を築き、心身ともに健やかに成長する権利が損なわれる状況が問題視されています。
統計データに見るヤングケアラーの実態
ヤングケアラーは、決して珍しい存在ではありません。こども家庭庁が2022年度に実施した調査によると、「世話をしている家族がいる」と回答した子どもの割合は、中学2年生で5.7%(約17人に1人)、高校2年生(全日制)で同じく5.7%(約17人に1人)という結果でした。この数字は、日本のどの学校のどのクラスにも、ヤングケアラーがいる可能性が高いことを示唆しています。
また、彼らがケアに費やす時間は、平日1日あたり平均で4.0時間にのぼり、中には7時間以上を費やしている子どももいることが明らかになっています。本来であれば、学業や友人との交流、部活動など、自らの成長のために使うべき時間を、家族のケアのために使っている子どもたちが数多くいるのが日本の現状です。
ヤングケアラーのケア対象者(複数回答)
| ケアの対象 | 割合 |
|---|---|
| きょうだい | 42.1% |
| 母親 | 39.0% |
| 父親 | 21.5% |
| 祖母 | 19.3% |
| 祖父 | 12.2% |
子どもたちの生活に及ぼす深刻な影響
ヤングケアラーが担う過度なケア責任は、子どもたちの現在と未来に深刻な影響を及ぼします。具体的には、以下のような困難が報告されています。
- 学業への影響
- 睡眠不足や心身の疲労から授業に集中できず、遅刻や早退が増えたり、宿題の時間が確保できなかったりする状況に陥りがちです。これにより、学力が低下し、希望する進路を諦めざるを得なくなるケースも少なくありません。
- 友人関係への影響
- 放課後や休日に友人と過ごす時間を確保できず、同世代との人間関係が希薄になりがちです。また、家庭内の複雑な事情を友人に打ち明けられず、悩みを一人で抱え込み、社会的な孤立感を深めてしまうこともあります。
- 心身の健康への影響
- 年齢に見合わない重圧や、将来への漠然とした不安から、慢性的なストレスや不安障害などを抱えることがあります。自身の健康診断や必要な受診を後回しにすることもあり、心身の健やかな成長が阻害されるリスクが高まります。
- 進路・キャリアへの影響
- 家族のケアを最優先するために、希望する進学や就職を断念する場合があります。自らの将来の夢やキャリア形成に大きな制約がかかってしまうことは、子どもたちの人生の選択肢を狭める深刻な問題です。
「当たり前」に隠された孤立の構造
ヤングケアラー問題が深刻化しやすい背景には、その存在が社会から「見えにくい」という構造的な課題が存在します。
多くの場合、子ども自身が「家族の力になるのは当たり前」「自分がしっかりしなければ」という強い責任感から、自分が「ヤングケアラー」という支援を必要とする存在であると認識していません。家庭内のプライベートな問題であるため、他人に相談することをためらったり、SOSを発することに罪悪感を覚えたりすることも、孤立を深める一因です。
また、周囲の大人たちも、子どもの異変に気づいても、その原因が家庭内のケアにあるとはなかなか結びつけられません。「しっかり者」「親孝行な子」といったポジティブな評価が、かえって子どもたちの過度な負担を覆い隠し、問題を潜在化させてしまう皮肉な現実もあります。
「家族のケア」を「地域のケア」へ コミュニティケアという考え方
ヤングケアラー問題を解決するためには、特定の家族がケアの全責任を抱え込むのではなく、社会全体でケアを分かち合い、支える「コミュニティケア」という視点が不可欠です。子どもたちが過度な負担を強いられることなく、自分の人生を歩んでいけるよう、地域社会に多様な受け皿と支援のネットワークを築いていく必要があります。
なぜ今、地域で支える社会が必要なのか
かつての日本社会には、近所付き合いや親戚関係の中で、互いの家庭状況を自然に把握し、子育てや介護を支え合う文化が根付いていました。しかし、核家族化や都市部への人口集中、地域社会のつながりの希薄化が進んだことで、多くの家庭が社会的に孤立しやすい状況にあります。
ヤングケアラー問題は、こうした社会構造の変化を色濃く反映した課題です。だからこそ、意識的に地域の中に新たな支え合いの仕組みを再構築することが急務となります。家族という閉ざされた空間で起きている問題を、地域社会という開かれた場所で受け止め、具体的な支援へとつなげていく発想の転換が求められています。
学校・行政・福祉機関の連携による支援ネットワーク
ヤングケアラーを早期に発見し、適切な支援につなげるためには、子どもたちと最も多くの時間を共有する「学校」の役割が極めて重要です。文部科学省も、スクールソーシャルワーカー(SSW)の配置を推進するなど、教育現場における支援体制の強化を進めています。
学校が子どもの変化(遅刻、欠席、成績不振、疲労の様子など)に気づき、行政の福祉担当窓口や地域の相談支援事業所といった専門機関へつなぐことで、具体的な支援が始まります。例えば、介護が必要な家族には公的な介護サービス(訪問介護など)を導入したり、障害のある家族には障害福祉サービスを案内したりすることで、ヤングケアラーの負担を直接的に軽減することが可能です。
このように、学校、行政、福祉機関がそれぞれの専門性を活かして連携し、情報を共有する支援ネットワークを構築することが、子どもたちを社会的な孤立から守るための鍵となります。
ヤングケアラー自身への相談支援体制
ケアを担う子ども自身の心と体をサポートする体制も不可欠です。こども家庭庁の特設サイトでは、LINEや電話で匿名で気軽に相談できる窓口が紹介されており、子どもたちが安心して自身の悩みを打ち明けられる環境が整備されつつあります。
悩みを話せる場所があること、自分の状況を理解してくれる人がいることは、子どもたちの精神的な孤立を防ぎ、大きな安心感につながります。さらに、同じような境遇のヤングケアラー同士が集い、情報交換や交流ができる「ピアサポート」の場も、当事者にとっては「一人ではない」と感じられる貴重な支えとなります。
ケアされる側への支援がヤングケアラーの負担を減らす
ヤングケアラーへの直接的な支援はもちろん重要ですが、それと同時に、あるいはそれ以上に効果的なのが、「ケアを必要としている家族(ケアされる側)への支援を充実させること」です。ケアされる側の家族が適切な福祉サービスにつながり、日中を安心して過ごせる居場所を持つことができれば、結果としてヤングケアラーの心身の負担は劇的に軽減されます。
日中の居場所がもたらす家族への好循環
例えば、障害のある親が日中に通える場所があれば、子どもはその時間、学業に集中したり、友人との時間を楽しんだりすることができます。自分の将来について落ち着いて考える余裕も生まれるでしょう。
同時に、親自身も家以外の場所で他者と交流し、生産活動などに参加することで、社会的なつながりや役割意識を持つことができます。日中の居場所は、ケアされる側・する側の双方に良い影響をもたらし、家庭内の閉塞感を和らげ、家族関係全体をより健全な方向へと導くきっかけとなり得るのです。
就労継続支援B型事業所という社会資源の活用
ケアされる側の「日中の居場所」として活用できる社会資源の一つに、「就労継続支援B型事業所」があります。
これは、障害や難病のある方が、自分の体調やペースに合わせて軽作業などの生産活動を行い、その対価として工賃を受け取ることができる障害福祉サービスです。雇用契約を結ばずに利用できるため、毎日通うことが難しい方でも、無理なく社会との接点を持ち続けることができます。このB型事業所が、ヤングケアラーのいる家庭にとって具体的にどのようなメリットをもたらすのかを見ていきましょう。
ケアされる本人の自己肯定感の向上
B型事業所に通い、軽作業などの生産活動に取り組むことは、ケアされる本人にとって「誰かの役に立っている」「自分にもできることがある」というポジティブな実感につながります。活動を通じて得られる工賃は、経済的な側面だけでなく、労働への対価として自己肯定感を高める大きな要因となります。
また、事業所のスタッフや他の利用者とコミュニケーションをとることで、家庭以外の社会的なつながりが生まれ、孤立感の解消にも寄与します。本人が生き生きと過ごす時間を持つことは、家族全体の精神的な安定にも良い影響を与えるでしょう。
ヤングケアラーに「子どもらしい時間」をもたらす
ケアされる家族が日中をB型事業所で安心して過ごすことで、ヤングケアラーは物理的・心理的な負担から解放される時間を確保できます。この時間は、子どもたちが「子どもらしい時間」を取り戻すために不可欠です。
- 学業に集中する時間
- 友人と心置きなく交流する時間
- 自分の趣味や休息に充てる時間
- 将来の進路についてじっくり考える時間
こうした「自分だけの時間」を持つことは、ヤングケアラーが心身ともに健康な成長を遂げ、自分の人生を主体的に選択していくための土台となります。B型事業所の活用は、家族を支える子どもたちへの、最も効果的で現実的な支援の一つと言えるのです。
元ヤングケアラーの「自分の人生」を取り戻す場所として
ケアの経験は、人を思いやる気持ちや強い責任感を育む一方で、ケアを卒業した「元ヤングケアラー」たちのその後の人生に、見過ごされがちな影響を及ぼすことがあります。彼らが社会へ巣立つ際に直面する特有の困難にも、目を向ける必要があります。
ケア経験で得た強みと、失われた機会
ヤングケアラーとしての日々は、同世代が経験しないような多くの困難を乗り越える過程で、様々な強みを育みます。
- 責任感と計画性
- 家族の生活を支える中で、自然と物事を管理し、計画的に進める能力が身につきます。
- 共感力とコミュニケーション能力
- ケアをする相手の気持ちを汲み取り、寄り添う経験を通じて、高い共感性が育まれます。
- 問題解決能力
- 日々の生活で起こる予期せぬトラブルに対し、冷静かつ柔軟に対処する力が養われます。
一方で、自分の時間を犠牲にしてきた代償として、多くの機会を失ってきた現実もあります。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの調査では、ヤングケアラー経験者が就職活動において「学業の遅れ」「社会経験の不足」「自己PRできる事柄が少ない」といった困難を強く感じていることが報告されています。
社会への移行期間としての就労継続支援
友人との交流や部活動、アルバイトといった経験が乏しいまま社会に出ると、就職活動の際に「自分が何をしたいのかわからない」「自分に自信が持てない」といった壁にぶつかりやすくなります。
そのため、元ヤングケアラーの中には、すぐに一般企業で働くのではなく、まずは自分のペースで社会経験を積みながら、自信を回復したり、自分の興味や得意なことを見つけたりする準備期間を必要とする人が少なくありません。
就労継続支援B型事業所は、そうした人々にとっても、安心して社会への一歩を踏み出すための学びと準備の場として機能します。週1日や短時間の利用から始め、生活リズムを整え、軽作業を通じて集中力や持続力を養い、スタッフや他の利用者との関わりの中でコミュニケーションスキルを再確認することができます。失われた時間を取り戻し、「自分の人生」を主体的に歩み始めるための大切なステップとなり得るのです。
家族みんなを支えるオリーブのコミュニティケア
私たち就労継続支援B型事業所オリーブは、ヤングケアラーとそのご家族が抱える問題に対し、地域社会の一員として「コミュニティケア」の視点でサポートを提供したいと考えています。家族の誰か一人に負担が偏るのではなく、家族みんなが自分らしく、安心して暮らせる社会を目指しています。
ケアされる方が安心して通える日中の居場所を提供します
オリーブは、障害やご病気のある方が日中を安心して過ごせる「居場所」です。一人ひとりの体調やペースに合わせた軽作業を提供し、働く喜びや社会とのつながりを実感できる環境を整えています。ご本人がオリーブで充実した時間を過ごすことが、結果的にご家族の負担を軽減し、ヤングケアラーが自分の時間を取り戻すことにつながると信じています。
元ヤングケアラーの方が自分の人生を歩むための就労支援も行います
長年のケア経験を終え、これから自分の人生を歩もうとしている元ヤングケアラーの方のサポートも行っています。「何から始めていいかわからない」「働くことに自信がない」という方も、まずはオリーブで自分のペースで働く練習から始めてみませんか。軽作業を通じて、自分の得意なことや好きなことを見つけ、社会に出るための自信とスキルを一緒に育んでいきましょう。
ご家族からの相談もお待ちしています
「家族の介護で子どもに負担がかかっているかもしれない」「日中に安心して任せられる場所を探している」など、ご家族からのご相談も随時受け付けております。ヤングケアラーの問題は、ご家族だけで抱え込む必要はありません。地域の社会資源として、ぜひ私たちにご相談ください。専門の相談員が、一つひとつのご家庭の状況に寄り添い、利用できる制度やサービスについて一緒に考えます。
