
時間や場所に縛られず、自身の得意なことを活かして単発の仕事を請け負う「ギグワーク」。この自由な働き方は、ご自身の体調や特性に合わせてペースを調整したいと考える障害のある方にとって、新しいキャリアの選択肢として注目されています。
しかし、その柔軟性の裏側には、収入の不安定さや社会保障が十分でないといった、見過ごすことのできないデメリットも存在します。ギグワークのメリットを最大限に活かし、デメリットである「不安定性」を乗り越えるためには、確かな「土台」となる安定した基盤をどう築くかが非常に重要です。
この記事では、障害のある方がギグワーカーとして働くことのリアルなメリット・デメリットを解説します。さらに、その不安定性を乗り越えるための戦略として、就労継続支援B型事業所を「安定した基盤」として活用する、新しいハイブリッドな働き方を提案します。
ギグワークとは?精神・発達障害のある方にとっての新しい選択肢
単発の仕事を請け負う自由な働き方
ギグワークとは、特定の企業や組織に正規雇用されず、インターネット上のプラットフォームなどを介して単発の仕事(gig)を請け負う働き方のことです。代表例として、フードデリバリー、Webデザイン、ライティング、データ入力、軽作業など、多種多様な仕事が存在します。
会社員のように雇用契約を結ぶのではなく、個人事業主として企業と対等な立場で業務委託契約を結ぶのが大きな特徴です。そのため、働く時間、場所、仕事量を自身の裁量で決められる高い自由度があります。この働き方を選ぶ人は「ギグワーカー」と呼ばれ、近年、多様な働き方を求める人々の中で増加傾向にあります。
| 働き方の比較 | 会社員(雇用) | ギグワーカー(個人事業主) |
|---|---|---|
| 契約形態 | 雇用契約 | 業務委託契約 |
| 働く時間・場所 | 会社の規定に従う | 原則自由 |
| 仕事の進め方 | 上司の指示に基づく | 自身の裁量で進める |
| 収入 | 固定給(月給など) | 成果報酬 |
| 社会保険 | 雇用保険、労災保険、健康保険など | 国民健康保険、国民年金(自己加入) |
なぜ障害のある方にギグワークが注目されるのか
障害のある方、特に精神障害や発達障害の特性を持つ方にとって、従来のオフィスワークには様々な困難が伴うことがあります。例えば、決まった時間に出勤するプレッシャー、オフィス内の騒音や光といった環境刺激、そして複雑な対人関係などが、心身の大きな負担となるケースは少なくありません。
実際に、障害のある方がフリーランス(ギグワークを含む)という働き方を選ぶ理由として、「自分のペースで働きたい」「対人関係のストレスが少ない」といった点が上位に挙げられています。ギグワークは、こうした従来の働き方が合わないと感じる人々にとって、自身の能力を最大限に発揮できる可能性を秘めた、非常に魅力的な選択肢なのです。
障害の特性上、特定の作業に非常に高い集中力を発揮できる一方で、疲れやすく気力の波がある方でも、ギグワークなら仕事量を自分でコントロールできます。また、クライアントとのコミュニケーションはチャットやメールが中心となる仕事も多いため、対面でのやり取りが苦手な方でも安心して取り組みやすいでしょう。
ギグワークのメリット【柔軟性】
ギグワークがもたらす最大のメリットは、その圧倒的な「柔軟性」にあります。この柔軟性は、障害のある方が自分らしく、無理なく働き続けるための大きな助けとなります。
時間や場所を自分でコントロールできる
ギグワークの多くは、納期を遵守すれば、いつ、どこで作業しても問題ありません。これは、体調に波があり、定期的な通院が必要な方にとって非常に大きなメリットです。
例えば、「午前中は体調が優れないから、午後から集中して作業する」「通院日は仕事量を減らし、体調の良い日にその分を補う」といった調整が自身の裁量で可能です。また、自宅を主な仕事場にできるため、通勤ラッシュのストレスや、移動に伴う身体的な負担からも解放されます。働く環境を自分で整えられるため、感覚過敏のある方にとっては、照明の明るさや音などを自身にとって最も快適な状態に設定できるという利点もあります。
自分の「得意」を活かせる仕事を選べる
ギグワークのプラットフォームには、非常に多種多様な仕事が掲載されています。そのため、自身の興味や関心、そして障害特性からくる「得意」を活かせる仕事を、数多くの選択肢の中から自分で選ぶことができます。
例えば、ASD(自閉スペクトラム症)の特性である、特定分野への強いこだわりや集中力の高さを活かし、プログラミングやデータ分析、文字校正といった正確性が求められる仕事で高いパフォーマンスを発揮する方もいます。また、ADHD(注意欠如・多動症)の特性である、アイデアの豊富さや行動力を活かして、企画やライティング、動画編集などのクリエイティブな仕事で活躍することも可能です。苦手なことを無理に克服しようとするのではなく、自分の「好き」や「得意」を仕事に直結させやすいのが、ギグワークの大きな魅力です。
対人関係のストレスが少ない
会社組織で働く上で、多くの人がストレスの原因として挙げるのが「対人関係」です。報告・連絡・相談といった業務上のコミュニケーションだけでなく、雑談やランチ、飲み会といった非公式な付き合いが負担になることもあります。
ギグワークでは、仕事の発注者とのやり取りは発生しますが、その多くはチャットやメールといったテキストベースで行われます。そのため、対面でのコミュニケーションや、「空気を読む」といった曖昧なやり取りが苦手な方でも、ストレスを感じにくい環境で働くことが可能です。障害のある方がフリーランスを選ぶ理由としても、「対人関係のストレスが少ないから」という項目は常に上位に挙げられており、このメリットがいかに重要であるかが分かります。
ギグワークのデメリット【不安定性】
多くのメリットがある一方で、ギグワークには「不安定性」という大きなデメリットが伴います。このデメリットを理解し、対策を講じなければ、かえって生活が困窮し、心身の不調を招くリスクもあります。
収入が安定しない
ギグワークの報酬は、基本的に成果報酬型です。こなした仕事の量や質に応じて収入が決まるため、月給制の会社員のように毎月決まった額が保証されているわけではありません。
仕事が順調に見つかるときもあれば、閑散期で収入がゼロに近くなる月もあるかもしれません。また、体調を崩してしまえば、その期間は収入が途絶えてしまいます。このような収入の波は、精神的な不安に直結します。「来月はちゃんと稼げるだろうか」というプレッシャーが、かえってストレスを増大させてしまう可能性も十分に考えられます。障害のあるギグワーカー(フリーランス)の多くが、収入の不安定さを最も大きな課題として挙げています。
雇用保険や社会保障の対象外である
ギグワーカーは個人事業主であり、企業に雇用されているわけではないため、労働基準法や雇用保険、労災保険といった「労働者を守るためのセーフティネット」の対象外となります。
会社員であれば、病気やケガで休業した際には健康保険から傷病手当金が支給され、失業した際には雇用保険から失業給付が受けられます。しかし、ギグワーカーにはそうした保障がありません。病気やケガ、失業のリスクはすべて自己責任で備える必要があり、国民健康保険や国民年金への加入も自分自身で行わなければなりません。こうした社会保障の脆弱さは、ギグワークという働き方の最も大きなデメリットの一つです。
タスク管理や確定申告などすべてが自己責任
会社員であれば、仕事のスケジュール管理は上司が行い、給与計算や税金の支払いは経理部門が代行してくれます。しかし、ギグワーカーは、これらの業務もすべて自分一人で遂行しなければなりません。
- タスク・スケジュール管理
- 複数のクライアントからの仕事を、納期を守りながら自分で管理する必要がある。
- 経理・請求業務
- 請求書の発行や入金管理、経費の計算などを自分で行う。
- 確定申告
- 1年間の所得を計算し、自分で税務署に申告・納税する。
特に、ADHDの特性でスケジュール管理や事務作業が苦手な方にとっては、これらの業務が大きな負担となる可能性があります。本来の仕事そのものに集中したくても、付随する雑務に追われてしまうというジレンマに陥りやすいのです。
社会的に孤立しやすい
自宅で一人で作業することが多いギグワークは、社会的な孤立に繋がりやすいという側面も持っています。会社に通勤していれば、良くも悪くも同僚との会話や関わりがありますが、ギグワーカーは意識的に行動しない限り、他者とコミュニケーションを取る機会が極端に少なくなりがちです。
仕事で困ったことがあっても気軽に相談できる相手がおらず、一人で抱え込んでしまうケースも少なくありません。また、仕事の成果を共有したり、雑談をしたりする仲間がいないことは、モチベーションの維持を難しくする要因にもなります。特に、精神的に落ち込みやすい特性のある方にとって、この「孤立」は心身の健康を脅かす深刻なリスクとなり得ます。
ギグワークを始める際の注意点
ギグワークの自由さには魅力がありますが、始める前にはいくつかの注意点を理解しておくことが重要です。無用なトラブルを避け、安心して働き続けるために以下の点を確認しましょう。
契約内容を必ず確認する
ギグワークは業務委託契約に基づいて行われます。仕事を開始する前に、報酬の金額、支払い条件、納期、著作権の所在など、契約内容は隅々まで確認しましょう。口約束だけでなく、プラットフォーム上のメッセージ機能やメールなど、記録に残る形でやり取りすることが大切です。不利な条件や曖昧な点があれば、安易に引き受けず、発注者に確認を求める姿勢が重要です。
低単価な案件を見極める
ギグワークのプラットフォームには、残念ながらスキルや労働時間に見合わない低単価な案件も存在します。特に初心者のうちは実績作りのために安価な仕事を受けがちですが、あまりに単価が低い仕事ばかりを続けていると疲弊してしまいます。自分のスキルや作業にかかる時間を客観的に評価し、適正な報酬が得られる案件を見極める目を養うことが、長く働き続けるための秘訣です。
自己管理を徹底する
自由な働き方である分、体調管理、スケジュール管理、金銭管理といった自己管理能力が強く求められます。特に体調管理は収入に直結するため、無理なスケジュールを組まず、休息をしっかりとることが不可欠です。また、確定申告に備えて、日頃から収入や経費の記録を付けておくことも忘れてはなりません。会計ソフトなどを活用するのも良いでしょう。
ギグワークと両立する「安定した基盤」の重要性
ギグワークの「柔軟性」というメリットを享受しつつ、「不安定性」というデメリットを克服するには、どうすればよいのでしょうか。その答えは、ギグワークだけで生計を立てようとするのではなく、別に「安定した基盤」を用意し、それと両立させるという考え方にあります。そして、その基盤として、就労継続支援B型事業所は非常に有効な選択肢となります。
セーフティネットとしての就労継続支援B型事業所
就労継続支援B型事業所とは、障害や難病のある方が、ご自身の体調やペースに合わせて軽作業やパソコン業務などの仕事を行い、工賃を得ることができる福祉サービスです。雇用契約を結ばないため、週1日や1日数時間といった短時間からの利用が可能で、非常に柔軟な働き方ができます。
このB型事業所を、ギグワークに挑戦するための「セーフティネット」として活用するのです。ギグワークの収入がゼロになってしまっても、B型事業所に通っていれば、最低限の収入(工賃)と社会との繋がりを失わずに済みます。この「いざとなれば帰る場所がある」という安心感が心の余裕を生み、プレッシャーなくギグワークに挑戦するための大きな支えとなります。
最低限の収入と日中の居場所を確保する
ギグワークの最大のデメリットである「収入の不安定さ」は、B型事業所の工賃によって補うことができます。B型事業所で毎月安定した工賃を得ることで、生活の基盤を固めることが可能です。その上で、体調や時間に余裕があるときにギグワークに取り組めば、収入の波に一喜一憂することなく、プラスアルファの収入として捉えることができます。
また、「孤立しやすい」というデメリットも、B型事業所に通うことで解消できます。事業所には、同じように様々な背景を持つ仲間や、親身に相談に乗ってくれる支援員がいます。日中に安心して過ごせる「居場所」があることは、生活リズムを整え、心の安定を保つ上で非常に重要です。仲間との雑談や支援員との対話が、ギグワークで孤独を感じたときの大きな支えとなるでしょう。
支援員に相談しながらキャリアを築く
ギグワークを続けていく上で避けて通れないのが、「確定申告」などの事務作業や、クライアントとの「単価交渉」といった専門的な課題です。これらを一人で解決するのは非常に困難ですが、B型事業所には、福祉や就労に関する知識を持った支援員がいます。
「ギグワークでこんなトラブルがあった」「確定申告のやり方が分からない」といった具体的な悩みを、専門的な視点からアドバイスをもらいながら解決していくことができます。また、将来的に「ギグワークの比重を増やしていきたい」「一般就労を目指したい」といったキャリアプランについても、支援員と一緒に考えることが可能です。一人で闇雲に頑張るのではなく、専門家と伴走しながらキャリアを築いていけることは、何よりの強みです。
ギグワークとB型事業所の両立に関するQ&A
新しい働き方だからこそ、具体的な疑問を持つ方も多いでしょう。ここでは、よくある質問にお答えします。
Q. ギグワークの収入とB型事業所の工賃で、税金の扱いはどうなりますか?
税金の扱いは異なります。就労継続支援B型事業所で得る「工賃」は、法律上「給与所得」ではなく「雑所得」に分類され、多くの場合、必要経費を差し引くと課税対象額に至らないケースがほとんどです。一方、ギグワークで得た収入は「事業所得」または「雑所得」として課税対象となり、年間で一定以上の所得がある場合は「確定申告」が必要です。複雑で分からない場合は、B型事業所の支援員や、お住まいの地域を管轄する税務署に相談することをおすすめします。
Q. 家族の扶養に入っていますが、働きすぎて扶養から外れることはありますか?
はい、その可能性があります。税法上の扶養と社会保険上の扶養があり、それぞれ年間の合計所得金額に上限が定められています。ギグワークの収入と工賃を合わせた所得がこの上限を超えると、扶養から外れることになり、ご自身で国民健康保険や国民年金に加入する必要が出てきます。働き方を調整したい場合は、B型事業所の支援員に相談し、どのくらいの収入を目指すか一緒に計画を立てると良いでしょう。
Q. ギグワークを始めるのに特別なスキルは必要ですか?
必ずしも必要ではありません。データ入力やアンケート回答、簡単な文字起こしなど、未経験から始められる仕事も数多くあります。まずはそうした仕事から始めてみて、少しずつ実績を積むのが良いでしょう。就労継続支援B型事業所オリーブでは、パソコンの基本操作など、ギグワークにも役立つスキルを学びながら働くことができますので、自信をつけてから挑戦したいという方にも最適な環境です。
ギグワークとオリーブを組み合わせるハイブリッドな働き方
安定と挑戦を両立する新しいキャリアの形
私たち就労継続支援B型事業所オリーブは、ギグワークの不安定さを補い、あなたの「挑戦」を支える「安定した基盤」となることを目指しています。オリーブに週に数日通いながら、空いた時間でギグワークに挑戦する。そんな「安定」と「挑戦」を両立させるハイブリッドな働き方を、私たちは積極的に応援します。
オリーブでは、データ入力や軽作業など、パソコンスキルや集中力を活かせる仕事を多数ご用意しています。まずはオリーブで安定した生活リズムを作り、仕事の感覚を取り戻しながら、自信がついてきたらギグワークの世界に一歩踏み出してみる。そんな、あなただけのキャリアプランを一緒にデザインしていきましょう。
あなたの「やってみたい」を安心して試せる場所
「Webライターに挑戦してみたいけど、自分にできるか不安」「まずは少しだけ動画編集の仕事を請け負ってみたい」。そんなあなたの「やってみたい」という気持ちを、オリーブは全力でサポートします。
ギグワークがうまくいかなくても、オリーブという居場所と収入の基盤があります。失敗を恐れる必要はありません。むしろ、ギグワークで得た経験やスキルを、オリーブでの作業に活かしていただくことも大歓迎です。安心して新しいことに挑戦できる環境、それがオリーブの強みです。
あなたに合った働き方のデザインを一緒に考えます
ギグワークとB型事業所の両立は、まだ新しい働き方かもしれません。だからこそ、一人ひとりの状況に合わせた丁寧なサポートが必要です。「週に何日くらい通うのがベストか」「どんなギグワークが自分に向いているか」。そんな疑問や不安を、ぜひ私たちにご相談ください。
経験豊富な支援員が、あなたの障害特性や体調、そして将来の希望をじっくりと伺い、あなたにとって最適な働き方のバランスを一緒に考えます。まずは事業所の雰囲気を見に来るだけでも構いません。ご連絡を心よりお待ちしています。
