「ビジネスケアラー」がもたらす経済損失1.4兆円 企業の生産性を守る介護離職防止策とは

働きながら家族の介護を行う「ビジネスケアラー」が近年急増し、日本経済の新たな課題として浮上しています。従業員の介護離職や、介護による心身の負担から生じる生産性の低下は、企業にとって看過できない経営リスクです。この問題による経済損失は9兆円を超えるとの試算もあり、対策は待ったなしの状況です。
本記事では、ビジネスケアラーが直面する課題と、それが企業経営に与える深刻な影響をデータに基づいて詳しく解説します。さらに、介護離職を防ぎ、従業員が安心して働き続けられる環境を整えるために企業が今すぐ取り組むべき両立支援策と、外部の福祉サービスと連携する重要性をご紹介します。
「ビジネスケアラー」とは 仕事と介護を両立する従業員
「ビジネスケアラー」とは、仕事を続けながら家族の介護を担っている人のことを指す言葉です。高齢化が急速に進む現代の日本において、多くのビジネスパーソンがこの役割を担うようになっています。しかし、その実態はこれまであまり可視化されておらず、多くの課題を抱えています。
日本のビジネスケアラー人口とその実態
経済産業省の資料によると、2030年にはビジネスケアラーの数が約318万人に達すると推計されています。これは、全就業者のおよそ20人に1人にあたる規模であり、もはや一部の特別な従業員の問題ではないことを示しています。ビジネスケアラーは性別を問わず、企業の中核を担う40代、50代で当事者となるケースが少なくありません。
株式会社リクルートが行った調査では、ビジネスケアラーの約半数が「仕事のパフォーマンスに影響が出ている」と回答しています。また、パーソル総合研究所の調査では、介護をしている正社員はそうでない社員に比べて昇進意欲が低い傾向にあることも明らかになっており、キャリア形成にも大きな影響を及ぼしている実態がうかがえます。
なぜ問題が見過ごされやすいのか
ビジネスケアラー問題が見過ごされやすい背景には、いくつかの要因があります。一つは、「介護は家庭内のプライベートな問題」という社会的な固定観念です。多くの従業員は、介護の悩みを職場で打ち明けることにためらいを感じ、一人で抱え込んでしまう傾向にあります。
また、企業側も従業員の家庭の事情まで踏み込むことを躊躇しがちです。さらに、介護の状況は日々変化し、終わりが見えにくいという特性があります。そのため、従業員自身も根本的な解決策を見いだせずに働き続けているケースが少なくありません。その結果、問題が表面化するのは、従業員が限界を感じて離職を申し出た時、ということになりかねません。この「見えない課題」に早期に気づき、対策を講じることが、企業のリスク管理において極めて重要になっています。
年間9兆円超の経済損失 その深刻な内訳
ビジネスケアラー問題が企業や社会に与える影響は、経済的な損失という形で具体的に現れます。経済産業省や株式会社リクルートの試算によれば、仕事と介護の両立が困難になることによる経済損失は、2030年時点で年間9兆円を超えるとされています。この深刻な経済損失は、主に3つの要因によって引き起こされます。
最も深刻な「介護離職」による損失(推計1.4兆円)
最大の損失は、従業員が介護を理由に仕事を辞めてしまう「介護離職」です。総務省統計局の「就業構造基本調査」によると、年間約10万人が介護・看護を理由に離職しています。一人の従業員が離職すると、企業は以下のような多大なコストを負担することになります。
採用・育成コストの喪失
欠員を補充するための求人広告費や人材紹介会社への手数料といった直接的な採用コストが発生します。それだけでなく、これまでその従業員に投じてきた研修費用やOJTなどの教育コストが無駄になり、新たに採用した人材を同レベルまで育成するための時間と費用も必要になります。
知的資産の流出と機会損失
特に深刻なのが、目に見えない資産の喪失です。熟練した従業員が持つ知識やノウハウ、顧客との関係性といった無形の資産が失われることによる損失は計り知れません。長年培われた専門知識や技術、顧客との信頼関係といった「知的資産」の流出は、企業の競争力を根本から揺るがしかねないのです。
生産性を低下させる「プレゼンティーズム」と「アブセンティーズム」
介護離職には至らなくても、従業員の生産性が低下することも大きな経済損失につながります。これには2つの状態があります。
- プレゼンティーズム(Presenteeism)
- 出勤はしているものの、心身の不調や介護の悩み・疲れなどが原因で、本来の能力を発揮できず、業務遂行能力や集中力が低下している状態。例えば、介護に関する行政手続きやケアマネジャーとの連絡、家族の急な体調変化への対応などに思考を奪われ、目の前の業務に集中できない状態が続きます。経済産業省は、これが企業の生産性において最も大きな損失要因の一つであると指摘しています。
- アブセンティーズム(Absenteism)
- 介護を理由とした頻繁な遅刻、早退、欠勤など、就業できない状態。これにより、本人の業務が滞るだけでなく、後述する周囲の従業員への負担も増加します。
ビジネスケアラーは、介護に関する突発的な対応や精神的な負担により、これらの状態に陥りやすい傾向があります。目には見えにくいものの、こうした生産性の低下が積み重なることで、企業全体の業績に悪影響を及ぼします。
周囲の従業員への負担増加と組織への悪影響
ビジネスケアラーの生産性低下や欠勤は、本人だけの問題では終わりません。その業務をカバーするために、同僚や上司など、周囲の従業員の業務負担が増加します。これにより、チーム全体の時間外労働が増えたり、本来注力すべき業務に時間を割けなくなったりする可能性があります。
このような状況が続けば、チーム全体の士気が低下し、最悪の場合、他の従業員の離職を引き起こす「離職の連鎖」につながるリスクもはらんでいます。負担が増えた従業員のエンゲージメントが低下し、最終的にその従業員まで離職してしまうという「負のスパイラル」は、単なる人員不足にとどまらず、組織全体の文化やチームワークを蝕む深刻な問題です。
企業が今すぐ打つべき「次の一手」としての両立支援
ビジネスケアラー問題を経営課題として捉え、従業員が仕事と介護を両立できる環境を整備することは、もはや企業の持続的成長に不可欠な「投資」です。国も育児・介護休業法などで企業の取り組みを後押ししていますが、法定の制度を整えるだけでなく、従業員が実際に利用しやすい文化を醸成することが重要です。
柔軟な働き方を可能にする制度の導入
ビジネスケアラーにとって、時間や場所の制約なく働ける環境は非常に重要です。個々の状況に合わせて柔軟に働ける制度を導入することで、離職を防ぎ、生産性の維持・向上を図ることができます。
具体的な制度の例
- テレワーク(在宅勤務)制度
- 時短勤務制度
- フレックスタイム制度
- 時間単位の有給休暇制度
- 週休3日制
これらの制度は、単に介護のためだけでなく、育児や自己啓発など、多様な従業員のニーズに応えるものであり、組織全体の働きやすさを向上させます。結果として、人材の定着率向上や採用競争力の強化といった副次的な効果も期待できます。
介護休業・介護休暇の取得促進と情報提供
育児・介護休業法では、対象家族1人につき通算93日まで取得できる「介護休業」や、年5日まで1日または時間単位で取得できる「介護休暇」が定められています。これらの制度は、介護保険の手続きやケアマネジャーとの面談、通院の付き添いなど、突発的・短期的なニーズに対応するために非常に有効です。
企業は、制度の存在を周知徹底するとともに、社内報やイントラネットを活用し、介護保険制度の仕組みや地域の相談窓口(地域包括支援センターなど)の連絡先といった情報も合わせて提供することが望まれます。知識があるだけでも、従業員の精神的な負担は大きく軽減されます。
管理職の意識改革と相談しやすい環境づくり
制度が整っていても、利用されなければ意味がありません。最も身近な相談相手となる管理職への研修は不可欠です。部下から介護の相談を受けた際にどう対応すべきか、どのような社内制度や公的サービスがあるかといった知識を身につけてもらうことで、早期の課題発見と適切な対応が可能になります。
特に重要なのは、部下が「介護のことで相談しても、キャリアに不利になることはない」と感じられる「心理的安全性」の高い職場環境です。管理職が率先して制度への理解を示し、部下の状況に寄り添う姿勢を見せることが、従業員が一人で抱え込まずに済むための第一歩となります。
社外の福祉サービス活用が従業員支援の鍵
企業がどれだけ手厚い両立支援制度を整えても、それだけでは限界があります。なぜなら、企業の支援はあくまで「働き方」の調整が中心であり、従業員の介護負担そのものを直接的に軽減するものではないからです。ここで重要になるのが、社外の専門的な福祉サービスとの連携です。
企業単独での支援には限界がある
従業員が仕事に集中するためには、介護されている家族が日中を安全かつ有意義に過ごせる環境が不可欠です。しかし、どのような福祉サービスがあり、どうすれば利用できるのか、といった情報は個人で調べるには限界があり、多くのビジネスケアラーが情報不足に悩んでいます。
企業が従業員を支援する上で、社内の制度を整えるだけでなく、公的な相談窓口や利用可能な福祉サービスに関する情報を提供し、専門機関へつなぐ「橋渡し役」を担うことが、これからの両立支援の重要なポイントとなります。
ケア対象となる家族の日中の居場所を確保する重要性
特に、介護の対象となる家族に障害がある場合、その方の「日中の居場所」を確保することは、ビジネスケアラーの負担軽減に直結します。家族が自宅で一人きりで過ごすことへの不安は、従業員の集中力を奪い、生産性を低下させる大きな要因となるからです。
障害を持つ家族が、専門スタッフの支援のもとで日中活動できる場所があれば、ビジネスケアラーは安心して仕事に打ち込むことができます。それは、単なる「預かり」の場ではなく、本人の社会参加や自己実現の場となることが理想です。
就労継続支援B型事業所という選択肢
障害のある家族の日中の居場所として、有効な選択肢の一つが「就労継続支援B型事業所」です。これは、障害者総合支援法に基づく福祉サービスで、年齢や体力の面で一般企業に雇用されることが難しい方々が、軽作業などの仕事を通じて社会参加できる場所です。
就労継続支援B型事業所は、以下のような特徴を持っています。
- 週1日や短時間からでも、自分のペースで無理なく通える。
- 専門の支援員が常駐しており、安心して過ごせる。
- 簡単な作業を通じて、社会的な役割ややりがいを感じられる。
- 生産活動に対する対価として「工賃」が支払われる。
こうした事業所を利用することで、障害のある家族は社会とのつながりを持ち、生活にメリハリが生まれます。その結果、ビジネスケアラーである従業員の精神的・時間的な負担が大幅に軽減され、仕事との両立がしやすくなるのです。
従業員の介護離職防止に悩む企業様へ オリーブとの連携をご検討ください
従業員の介護問題は、福利厚生という枠を超え、企業の生産性や人材確保に直結する重要な経営課題です。私たち就労継続支援B型事業所オリーブは、福祉の専門家として、企業の皆様と共にこの課題解決に取り組みたいと考えています。
従業員の家族を支えることが企業の生産性向上に繋がります
ビジネスケアラーが安心して働き続けるためには、介護されるご家族が地域社会で安定した生活を送れることが大前提です。オリーブは、障害のあるご家族に、安全でやりがいのある日中の活動の場を提供します。例えば、データ入力や軽作業、農作業、Webサイトの制作補助など、個々の特性や興味に合わせた多様な仕事をご用意しています。ご家族が笑顔で過ごせる環境は、従業員のエンゲージメントを高め、結果として企業全体の生産性向上に貢献します。
企業の「両立支援」を福祉の力でサポートします
関西圏(大阪、兵庫、京都、奈良)に複数の事業所を展開するオリーブでは、様々な障害特性に合わせた活動を支援しています。「従業員の家族が利用できる福祉サービスを探している」「両立支援策の一環として、外部機関との連携を考えている」といったご要望がございましたら、ぜひ私たちにご相談ください。企業のニーズに合わせた情報提供や連携体制の構築をサポートいたします。
法人様からのご相談をお待ちしております
従業員の介護問題に関する情報収集や、具体的な連携方法についてなど、どのような内容でもお気軽にお問い合わせください。人事・労務ご担当者様からのご連絡を心よりお待ちしております。福祉の視点から、貴社の持続的な
