
「同僚が最近元気がないけど、どう声をかけたらいいんだろう」「家族が落ち込んでいるようだけど、自分に何ができるかわからない」。このように、周りの人の心の不調に気づいたとき、どのように対応すればよいか戸惑った経験はないでしょうか。
そんな時に役立つのが、「メンタルヘルス・ファーストエイド(MHFA)」です。これは、心の不調を抱える人に対して、専門家による治療を受けるまでの間、一時的に支援を行う「心の応急手当」の知識と技術を学ぶプログラムです。特別な資格は必要なく、誰もが身につけることができます。
この記事では、メンタルヘルス・ファーストエイド(MHFA)の基本的な考え方から、具体的な5つのステップ、そして職場や地域でどのように活かせるのかを分かりやすく解説します。心の健康を支え合う社会の第一歩として、あなたも「心の応急手当」を学んでみませんか。
メンタルヘルス・ファーストエイド(MHFA)とは
メンタルヘルス・ファーストエイド(MHFA)は、決して専門家だけのものではありません。私たちが日常生活の中で、家族や友人、同僚のためにできる、具体的で実践的なサポート方法です。まずはその基本的な概念から理解を深めていきましょう。
オーストラリアで生まれた「心の応急手当」
メンタルヘルス・ファーストエイド(MHFA)は、2000年にオーストラリアで、メンタルヘルスリテラシーの専門家であるベティ・キッチナーとアンソニー・ジョームによって開発されたプログラムです。ケガや急病の人に対して行う身体的な「応急手当(ファーストエイド)」と同じように、心にも応急手当が必要だという考え方に基づいています。
うつ病や不安障害といったメンタルの不調は、誰にでも起こりうる身近な問題です。しかし、心の不調は外見からは分かりにくく、正しい知識がないために、多くの人がどう関わればよいか分からずにいます。MHFAは、そうした状況で適切な初期支援を行うための知識とスキルを提供し、現在では世界25カ国以上に普及しています。
目的は治療ではなく専門家に繋ぐまでの一次支援
MHFAの最も重要な点は、その目的が「治療」ではなく、あくまで「支援」であることです。MHFAの役割は、精神科医やカウンセラーのように診断を下したり、治療方針を決定したりすることではありません。
不調を抱えている人の話を丁寧に聴き、危機的な状況があれば安全を確保し、精神科クリニックやカウンセリング、公的な相談窓口といった適切な専門機関に繋がるまでをサポートする「橋渡し役」を担います。心の不調を抱えた人が孤立せず、適切なサポートへの第一歩を踏み出す手助けをすることが、MHFAの最大の目的なのです。
メンタルヘルス問題の偏見を減らし早期発見を促す
メンタルの不調について、日本ではいまだに「心が弱いから」「気合が足りない」といった偏見(スティグマ)が根強く残っています。こうした偏見は、不調を抱えた本人を苦しめるだけでなく、周囲に助けを求めにくくさせ、結果的に症状の悪化を招く一因となっています。
MHFAの知識が社会に広まることで、メンタルヘルスの問題が特別なことではなく、誰もが経験しうる身近な健康問題であるという正しい理解が促進されます。これにより、不調のサインに早い段階で気づき、ためらわずに助けを求められる文化が醸成されるのです。早期発見と早期対応は、回復への道のりを大きく左右する重要な鍵となります。
MHFAの基本となる5つのステップ「ALGEE(アルジー)」
MHFAでは、具体的な行動計画として「ALGEE(アルジー)」と呼ばれる5つのステップが定められています。これは、緊急時に落ち着いて行動するためのフレームワークであり、支援の道しるべとなります。それぞれの頭文字が示す行動を一つひとつ見ていきましょう。
A: Assess for risk of suicide or harm(リスクの評価)
最初のステップは、自殺や自傷行為の危険性がないかを確認し、評価することです。これは支援において最も優先すべき重要なステップです。相手の言動から、命に関わる深刻なリスクのサインが見られる場合は、ためらわずに介入し、安全を確保する必要があります。
具体的な確認ポイント
- 「消えてしまいたい」「死にたい」といった直接的な言葉を発しているか。
- 自傷行為や自殺をほのめかす行動(関連サイトの閲覧、危険物の収集など)はないか。
- 深刻な絶望感や「自分は価値がない」といった無価値感を訴えていないか。
もし、少しでも危険性が感じられる場合は、決して一人で抱え込ませず、すぐに精神科救急や「いのちの電話」などの専門機関に連絡することが重要です。その際は、本人の安全が確保されるまで一人にしないように心がけましょう。
L: Listen non-judgmentally(批判なく聴く)
2番目のステップは、相手の話を、評価や批判をせずに聴くことです。これは「傾聴」と呼ばれるコミュニケーションの基本姿勢であり、相手に安心感を与え、心を開いてもらうための土台となります。
私たちはつい、自分の価値観で相手を判断したり、「もっと頑張れ」「そんなことでくよくよするな」といった励ましのつもりで、かえって相手を追い詰めたりしがちです。ここでは、良し悪しの判断をせず、ただ相手の言葉と、その裏にある感情を受け止めることに集中します。
傾聴のポイント
- 相手の話を遮らず、最後まで注意深く耳を傾ける。
- 「うん、うん」「そうなんだね」といった相槌を打ち、聞いていることを姿勢で示す。
- 相手の表情や声のトーン、仕草といった言葉以外のサインにも注意を払う。
- 沈黙を恐れず、相手が自分のペースで言葉を探す時間を見守る。
- 安易に自分の意見やアドバイスを押し付けない。
ただ真摯に話を聴いてもらえるだけで、人は「自分のつらさを理解してもらえた」と感じ、心が軽くなるものです。
G: Give reassurance and information(安心と情報を与える)
3番目のステップは、安心感を与え、正しい情報を提供することです。心の不調を抱えている人は、しばしば「自分だけがおかしいのではないか」「この苦しみは永遠に続くのではないか」といった強い孤独感や絶望感に苛まれています。
ここで大切なのは、根拠のない慰めではなく、客観的な事実に基づいて安心感を与えることです。精神的な不調は回復可能であること、そして決して一人ではないことを伝えます。
声かけの具体例
- 「そのように感じるのは、決してあなただけではないですよ」
- 「心の不調は誰にでも起こりうることです。適切なサポートで回復した人もたくさんいます」
- 「あなたは一人ではありません。一緒にどうすればいいか考えましょう」
また、厚生労働省のウェブサイト「こころの耳」など、メンタルヘルスに関する信頼できる情報源を伝えることも有効です。正しい知識は、漠然とした不安を和らげる助けになります。
E: Encourage appropriate professional help(専門家の援助を勧める)
4番目のステップは、適切な専門家の助けを借りるよう促すことです。MHFAはあくまで応急手当であり、根本的な回復には専門的なサポートが不可欠です。
ただし、一方的に「病院に行くべきだ」と押し付けるのは逆効果になることもあります。相手の気持ちを尊重しながら、専門家のサポートが回復への有効な選択肢であることを丁寧に伝えることが大切です。
サポートの種類と伝え方の例
- 精神科・心療内科
- 薬物療法を含めた医学的な治療が受けられる場所。
- カウンセリング
- 臨床心理士などの専門家との対話を通じて問題の整理や解決を目指す場所。
- 公的な相談窓口
- 保健所や精神保健福祉センターなど、無料で相談できる場所。
- 就労支援事業所
- 働くことに関する悩みを相談し、サポートを受けられる場所。
「もしよかったら、一度専門家の方に話を聞いてもらうのはどうかな?」「一緒に相談できる場所を探してみようか?」など、相手に選択肢を提示し、寄り添う姿勢で提案してみましょう。
E: Encourage self-help and other support strategies(セルフヘルプを勧める)
最後のステップは、セルフヘルプやその他のサポートの活用を促すことです。専門家の支援と並行して、本人が自分自身で取り組めることや、周りのサポートを活用することも回復を後押しします。
セルフヘルプやサポートの具体例
セルフヘルプ
- 十分な睡眠やバランスの取れた食事を心がける
- ウォーキングなどの軽い運動
- 瞑想やリラクゼーション、深呼吸
- 自分の好きな音楽を聴いたり、趣味の時間を楽しんだりすること
その他のサポート
- 信頼できる家族や友人に話を聞いてもらう
- 同じ悩みを持つ人々が集まるピアサポートグループに参加する
- 安心して過ごせる居場所を見つける
これらの選択肢を情報として提供し、本人が自分に合った方法を見つけられるよう手助けすることも、重要な支援の一つです。
職場にMHFAを導入するメリット
MHFAは、個人のスキルとしてだけでなく、組織、特に職場で導入することによって大きな効果を発揮します。従業員が安心して働ける環境は、企業の持続的な成長にとっても不可欠です。
従業員がサポーターとなり支え合う文化の醸成
職場の従業員がMHFAの基本的な知識を持つことで、お互いの様子の変化に気づきやすくなります。「最近、〇〇さん元気ないな」と感じたときに、「どうしたの?」と気軽に声をかけ、必要であれば話を聴くことができるようになります。
このような日常的な支え合いは、職場の心理的安全性を高め、従業員が孤立することなく安心して働ける文化を育みます。問題が深刻化する前に、同僚同士のサポートで未然に防げるケースも増えるでしょう。
管理職のラインケア能力の向上
部下の勤怠管理や業務マネジメントを行う管理職にとって、部下のメンタルヘルスケア(ラインケア)は重要な責務の一つです。しかし、具体的にどう対応すればよいか分からず、悩んでいる管理職は少なくありません。
管理職がMHFAを学ぶことで、部下の不調のサインを早期に察知し、ALGEEのステップに沿って適切に対応するスキルが身につきます。これにより、自信を持って部下と向き合うことができ、個人の問題として抱え込むのではなく、産業医や人事部と連携して組織的に対応できるようになります。
メンタル不調の早期発見と離職防止
従業員のメンタル不調は、本人の苦しみはもちろん、企業にとっても生産性の低下や休職・離職による人材の損失といった大きなダメージにつながります。
MHFAが職場に浸透し、早期発見・早期対応の体制が整うことで、症状が重くなる前に適切なサポートにつなげることが可能になります。これにより、貴重な人材がメンタル不調を理由に離職してしまう事態を防ぎ、従業員一人ひとりが健康で長く働き続けられる職場環境を実現できます。これは、近年投資家からも注目される「健康経営」の観点からも非常に重要な取り組みです。
就労継続支援B型事業所はMHFAの理念を実践する場所
これまで見てきたMHFAの理念は、私たち就労継続支援B型事業所のような、障害や病気を抱える方々の「働きたい」という気持ちをサポートする場所の考え方と深く通じています。B型事業所は、まさに「心の応急手当」が日常的に実践されている場所と言えます。
支援員は専門知識を持つサポーター
就労継続支援B型事業所の支援員の多くは、社会福祉士や精神保健福祉士といった専門的な知識と経験を持つプロフェッショナルです。利用者の日々の体調や気分の変化に気を配り、不安や悩みに耳を傾け、対話を通じて一緒に解決策を探っていきます。
これはまさに、MHFAで求められる「批判なく聴き」「安心と情報を与え」「専門的な援助を促す」という役割そのものです。私たちは、利用者の皆さんが安心して自分のペースで作業に取り組めるよう、専門的な視点から一人ひとりに寄り添うサポーターであり続けます。
利用者同士がピアサポーターとして支え合う
B型事業所のもう一つの大きな特徴は、「ピアサポート」の機能です。ピア(Peer)とは「仲間」を意味し、同じような悩みや経験を持つ人同士が支え合う活動を指します。
作業の合間に「この作業、難しいよね」「最近、調子どう?」と声をかけ合ったり、自分の経験を話すことで相手の気持ちが楽になったりすることがあります。こうした利用者同士の自然な関わり合いが、孤独感を和らげ、お互いの回復を支える力になります。支援員が見守る安心できる環境の中で、誰もが誰かのサポーターになれる。それがB型事業所の大きな魅力です。
「心の応急手当」が日常にある職場 オリーブ
私たち就労継続支援B型事業所オリーブは、まさにMHFAの理念を大切にした、温かく支え合う環境づくりを心がけています。もしあなたが、働くことに不安を感じていたり、安心して過ごせる場所を探していたりするなら、ぜひ一度オリーブのことを知ってください。
専門スタッフによる傾聴と対話を大切にしています
オリーブのスタッフは、皆さんの話を丁寧に「聴く」ことを何よりも大切にしています。作業の進め方、将来への不安、日々のちょっとした悩みごとまで、どんなことでも気兼なく話してください。私たちはあなたの言葉を否定せず、あなたの気持ちに寄り添いながら、一緒に前へ進む方法を考えます。
安心して働けるサポーティブな環境
オリーブは、一人ひとりのペースや特性を尊重する、サポート体制の整った職場です。周りには同じように様々な経験をしてきた仲間たちがいます。互いに声をかけ合い、励まし合いながら作業に取り組む中で、自然と「自分は一人じゃない」と感じられるはずです。焦らず、無理なく、あなたらしい働き方を見つけていきましょう。
見学・相談で温かい雰囲気を感じてください
この記事を読んで、メンタルヘルス・ファーストエイドや、オリーブの環境に少しでも興味を持っていただけたら、ぜひ一度、見学・相談にお越しください。事業所の温かい雰囲気や、スタッフ、利用者の様子を直接肌で感じていただくのが一番です。
あなたからのご連絡を、スタッフ一同、心よりお待ちしております。一緒に、新しい一歩を踏出しましょう。
