障害のある方のためのインクルーシブ防災ガイド 「自助」「共助」で命を守る備えとは

地震や豪雨など、自然災害はいつどこで起こるかわかりません。障害のある方やそのご家族にとって、「もしも」の時への備えは、特に切実な問題ではないでしょうか。災害時には、避難や情報収集、避難所での生活など、様々な場面で困難が生じやすくなります。
この記事では、誰一人取り残さない「インクルーシブ防災」の考え方に基づき、障害のある方が安心して自分の命を守るための具体的な備えを解説します。防災の基本となる「自助(自分で備える)」「共助(地域で助け合う)」「公助(行政の支援)」の3つの視点から、今日から始められる実践的なヒントをお伝えします。
災害への不安を少しでも減らし、安心して毎日を過ごすための一助となれば幸いです。
インクルーシブ防災とは 誰一人取り残さないための考え方
インクルーシブ防災とは、年齢、性別、国籍、障害の有無などに関わらず、すべての人が災害のリスクから守られ、誰一人取り残されることなく安全に避難し、生活を再建できるように備えるという考え方です。
これまでの防災対策は、主に心身ともに健康な成人を対象として考えられがちでした。しかし、実際の災害現場では、高齢者や子ども、そして障害のある方などが、より深刻な状況に置かれることが少なくありません。インクルーシブ防災は、こうした避難やその後の生活に特別な配慮を必要とする「要配慮者」の視点に立ち、多様なニーズに対応できる防災体制を社会全体で築いていくことを目指しています。
災害時に困難を抱えやすい「要配慮者」
災害対策基本法では、災害時に特に配慮が必要な人々を「要配慮者」と定めています。具体的には、以下のような方々が該当します。
- 高齢者
- 障害者
- 乳幼児
- 妊産婦
- 傷病者
- 外国人
- その他、避難所などで特別な配慮を要する方
例えば、視覚障害のある方は災害情報を音声で得る必要があり、聴覚障害のある方には文字や手話での情報提供が不可欠です。車いすを利用している方にとっては、段差のない避難経路の確保が命綱となります。また、発達障害や精神障害のある方は、環境の急激な変化や大勢の人がいる避難所の環境が大きなストレスとなり、パニックに陥る可能性も考えられます。
これらの困難は、個人の問題だけでなく、社会の側に障壁(バリア)があることで生じます。だからこそ、一人ひとりの特性や状況に合わせた備えが重要になるのです。
防災の基本「自助」「共助」「公助」
防災対策は、大きく「自助」「共助」「公助」の3つの要素で成り立っており、これらが連携することで効果を発揮します。
| 種類 | 説明 | 具体例 |
|---|---|---|
| 自助 | 自分自身の命は自分で守るという考え方。一人ひとりが災害に備える、最も基本となる取り組みです。 | 食料や水の備蓄、家具の固定、避難場所の確認、防災グッズの準備など |
| 共助 | 地域やコミュニティで互いに助け合うこと。大規模災害時には、公的な支援がすぐに行き届かないケースも多く、共助の力が非常に重要になります。 | 近隣住民での助け合い、自主防災組織の活動、ボランティア活動など |
| 公助 | 国や自治体、消防、警察など、公的な機関による支援や救助活動のこと。 | 避難所の開設、救助活動、支援物資の提供、災害情報の発表など |
災害の規模が大きくなるほど、公助だけでは対応しきれなくなります。まずは自分と家族の安全を守る「自助」を万全にし、いざという時には地域で支え合う「共助」の輪を広げておくことが、被害を最小限に抑える鍵となるのです。
【自助】自分でできる「もしも」への備え
ここからは、ご自身でできる具体的な備えである「自助」について詳しく見ていきましょう。一般的な防災対策に加えて、障害のある方が特に準備しておきたいポイントを解説します。
障害特性に合わせた防災グッズの準備
非常用持ち出し袋の中身は、一人ひとりの障害特性に合わせてカスタマイズすることが非常に重要です。一般的な備蓄品(水、食料、簡易トイレなど)に加えて、以下のものを準備しておきましょう。
常備薬や医療機器の予備電源
命に直結するものは、最優先で準備が必要です。
- 常備薬
- 少なくとも7日分以上を用意しましょう。災害時には物流が停止し、いつもの薬が手に入らなくなる可能性があります。お薬手帳のコピーや、薬の現物を撮影した写真も一緒に保管しておくと安心です。
- 医療的ケアに必要な物品
- 消毒液、ガーゼ、カテーテル、ストーマ装具など、日常的に使用しているものは多めに準備しておきましょう。
- 医療機器の予備バッテリー
- 吸引器や人工呼吸器など、電源が必要な医療機器を使用している方は、モバイルバッテリーやポータブル電源の確保が不可欠です。車からの充電方法なども確認しておくと良いでしょう。
コミュニケーションボードやヘルプカード
避難所など、慣れない環境で周りの人に自分の状況や必要な支援を伝えるためのツールは、大きな助けになります。
- ヘルプカード
- 氏名、連絡先、障害名、必要な配慮、服薬情報、かかりつけ医などを記載したカードです。自治体で配布している場合もありますが、自分で作成しても構いません。
- コミュニケーションボード
- 「トイレに行きたい」「気分が悪い」など、伝えたい内容を指差しで示せるイラスト入りのボードです。発話が難しい方や、パニック時に言葉が出にくくなる方に有効です。
- 筆談用のメモとペン
- 聴覚障害のある方や、音声でのコミュニケーションが難しい場合に役立ちます。水に濡れても書けるタイプがおすすめです。
- その他
- 予備の補聴器や人工内耳の電池、予備の白杖や眼鏡など、破損や紛失に備えておくと安心です。
<障害特性別>防災グッズ準備リスト(例)
| 障害の種類 | あると特に安心なもの |
|---|---|
| 視覚障害 | 予備の白杖・眼鏡、携帯ラジオ、点字のメモ、使い慣れた食器など |
| 聴覚障害 | 筆談用具、コミュニケーションボード、ホイッスル、災害用伝言ダイヤルの使い方メモなど |
| 肢体不自由 | 予備の車いす用具(パンク修理キット)、携帯スロープ、クッション、使いやすいストローなど |
| 内部障害 | 常備薬、お薬手帳、医療機器のバッテリー、ストーマ装具、携帯トイレ、周りに配慮を求めるカードなど |
| 知的・発達障害 | ヘルプカード、コミュニケーションボード、安心できるグッズ(おもちゃ、タオル等)、イヤーマフ、アイマスク、使い慣れた食器やカトラリーなど |
| 精神障害 | 常備薬、お薬手帳、安心できるグッズ、リラックスできる音楽プレーヤー、プライバシーを保つための大判ストールやテントなど |
個別避難計画(マイ・タイムライン)の作成
「個別避難計画」とは、災害が発生した際に「いつ」「誰が」「何をするか」を、一人ひとりの状況に合わせて具体的に決めておく計画のことです。特に、避難に時間がかかる可能性のある障害のある方にとっては、命を守るための重要な計画となります。この計画は、市区町村が作成を支援しており、「マイ・タイムライン」として自分自身で作成することも推奨されています。
この計画は、家族や支援者、相談員など、信頼できる人と一緒に作成するのがポイントです。
<個別避難計画に盛り込む内容の例>
- 災害リスクの確認
- 自宅やよく利用する場所(事業所など)のハザードマップを確認し、どのような災害(洪水、土砂災害など)のリスクがあるかを知る。
- 避難のタイミング
- どのような情報(警戒レベル3、4など)が出たら避難を開始するかを決める。
- 避難場所
- 指定された避難所や、より安全な親戚・知人宅など、どこに避難するかを複数決めておく。
- 避難経路
- 避難場所までの経路を実際に歩いてみて、段差や危険な箇所がないか確認する。
- 支援者との連携
- 誰に連絡し、誰に避難の手伝いを依頼するかを具体的に決めておく。(例:隣家の〇〇さんに声をかけてもらう、長男に車で迎えに来てもらう)
- 持ち出すもの
- 非常用持ち出し袋の中身を最終チェックする。
計画を作成したら、関係者全員で共有し、定期的に見直すことが大切です。
福祉避難所の場所と役割を知っておく
「福祉避難所」とは、高齢者や障害者など、一般の避難所では生活が困難な要配慮者を受け入れるために、特別な配慮がなされた二次的な避難所です。バリアフリー化されていたり、専門知識を持つ職員が配置されたりするなどの特徴がありますが、いくつか知っておくべき重要な点があります。
- 原則、直接避難する場所ではない
- 災害発生直後から開設されるわけではありません。まずは地域の指定避難所に避難し、そこでの生活が困難だと判断された場合に、市町村の判断を経て移動するのが基本的な流れです。
- 受け入れ人数に限りがある
- すべての要配慮者を受け入れられるわけではありません。
- 事前に場所を確認しておくことが重要
- いざという時に慌てないよう、お住まいの自治体のウェブサイトなどで、どこに福祉避難所が指定されているかを確認しておきましょう。
福祉避難所はあくまで選択肢の一つです。可能であれば、安全な親戚や友人の家への避難(縁故避難)も検討しておくと、より安心です。
【共助】地域や周囲との繋がりが命を救う
災害時、特に発生直後は、公的な支援(公助)がすぐには届かないこともあります。そんな時、命を守る大きな力となるのが、ご近所や地域の人々との助け合い、すなわち「共助」です。
普段からのご近所付き合いと情報共有
「遠くの親戚より近くの他人」という言葉があるように、いざという時に最も頼りになるのは、すぐそばにいる地域の人々です。日頃から挨拶を交わしたり、地域のイベントに参加したりして、顔見知りの関係を築いておくことが、いざという時の助け合いにつながります。
もし可能であれば、信頼できるご近所の方や、マンションの管理人、民生委員などに、ご自身の障害のことや、災害時に手助けが必要な場合があることを伝えておくと、より安心です。例えば、「地震が来たら安否確認のために声をかけてほしい」「避難する時は階段の昇り降りを手伝ってほしい」といった具体的なお願いを伝えておくと、相手も何をすれば良いか分かり、スムーズな支援につながります。
地域の防災訓練への参加
多くの地域では、自治会や自主防災組織が中心となって防災訓練を実施しています。こうした訓練に積極的に参加することも、有効な「共助」の備えです。
訓練に参加することで、多くのメリットがあります。
- 地域の危険な箇所を把握できる
- 実際に避難経路を歩くことで、車いすでは通りにくい場所や、ガラスが割れると危険な場所などを事前に知ることができます。
- 地域の支援者と顔見知りになれる
- 民生委員や消防団、自主防災組織のメンバーなど、地域の防災を担う人々と知り合う良い機会になります。
- 必要な配慮を伝える機会になる
- 訓練に障害当事者が参加することで、「こんな支援が必要だ」「この方法では避難が難しい」といったリアルな課題を地域全体で共有でき、防災計画の見直しにも繋がります。
「自分一人では参加しにくい」と感じる場合は、ご家族や支援者と一緒に参加してみてはいかがでしょうか。あなたの参加が、地域全体の防災力を高めるきっかけになります。
支援者や事業所との連携
日頃から関わりのある支援者や、通所している福祉サービス事業所も、災害時には心強い「共助」のパートナーです。特に、一人暮らしの方や、日中一人で過ごす時間が長い方にとっては、重要なセーフティネットとなります。
就労継続支援B型事業所などの通所先とは、災害時の安否確認の方法や、緊急連絡先などを事前に話し合っておきましょう。
- 災害が発生した場合、事業所からどのような方法で連絡が来るのか
- 事業所が開いていない時間帯(夜間や休日)に災害が起きた場合の連絡体制はどうなっているか
- 事業所自体が被災した場合、どこで情報を得られるのか
こうした取り決めを明確にしておくだけで、災害時の不安を大きく減らすことができます。日頃からコミュニケーションを取り、信頼関係を築いておくことが大切です。
【公助】行政による支援を正しく知る
自分自身で備え(自助)、地域で助け合う(共助)と同時に、行政が提供する支援(公助)を正しく理解し、活用することも大切です。ここでは、特に知っておきたい2つの制度をご紹介します。
避難行動要支援者名簿への登録
「避難行動要支援者名簿」とは、災害時に自力で避難することが難しい方々の情報を、市町村が事前に把握し、リスト化したものです。この名簿に登録し、平常時からの情報提供に同意することで、本人の情報が消防機関や民生委員、自主防災組織などに共有されます。これにより、災害時には安否確認や避難支援をスムーズに受けられる可能性が高まります。
<名簿登録の主なメリット>
- 災害発生時やそのおそれがある場合に、名簿情報を元に安否確認や避難支援が行われる。
- 平常時の見守り活動や、防災訓練の案内などに繋がることがある。
- 個別避難計画の作成支援を受けられる場合がある。
登録は任意であり、情報提供に同意するかどうかも自分で選べます。手続きの方法は自治体によって異なりますので、まずはお住まいの市町村の障害福祉担当課や防災担当課に問い合わせてみましょう。
ハザードマップの確認
ハザードマップとは、自然災害による被害の予測範囲や、避難場所、避難経路などの防災関係施設の位置などを表示した地図です。自宅や、通勤・通所で利用する就労継続支援B型事業所など、普段多くの時間を過ごす場所が、どのような災害リスクにさらされているかを事前に知っておくことは、防災計画を立てる上での第一歩です。
<ハザードマップで確認すべきこと>
- 洪水
- 大雨で河川が氾濫した場合に、どのくらいの深さまで浸水する可能性があるか。
- 土砂災害
- がけ崩れや地すべりなどの危険性が高い区域はどこか。
- 津波
- 地震が発生した場合に、津波が到達する可能性があるか、その高さはどのくらいか。
- 避難場所
- 最寄りの指定避難所はどこか、その場所は安全か。
ハザードマップは、各自治体のウェブサイトで公開されているほか、市役所などで紙の地図を配布している場合もあります。一度、ご家族や支援者と一緒に確認してみてください。
避難所での生活を乗り切るための工夫
災害時、やむを得ず避難所で生活することになった場合、普段と大きく異なる環境が心身の負担になることがあります。特に障害のある方にとっては、様々な困難が想定されます。ここでは、少しでも安心して過ごすための工夫を紹介します。
プライバシーと安心感の確保
多くの人が集まる避難所では、プライバシーの確保が難しいという課題があります。着替えや就寝、気持ちを落ち着けるためにも、自分だけの空間を少しでも作ることが重要です。
段ボールや間仕切り、カーテンなどを活用して周りの視線を遮るだけでも、安心感は大きく変わります。最近では、避難所用に個別のテントを用意する自治体も増えています。また、車中泊が可能であれば、プライベートな空間を確保する選択肢の一つになりますが、エコノミークラス症候群などの健康リスクにも注意が必要です。
感覚過敏・情報過多への対策
発達障害のある方など、感覚が過敏な方にとって、避難所のざわめきや照明、様々な匂いは大きなストレス源となります。また、ひっきりなしに流れる災害情報や周囲の人の会話が、不安を増幅させることもあります。
イヤーマフやノイズキャンセリング機能付きのイヤホン、アイマスク、サングラスなどを持参し、外部からの刺激を遮断できる準備をしておくと良いでしょう。人が少ない場所にスペースを確保できないか、運営スタッフに相談することも有効です。情報を得る時間を決め、それ以外の時間は意識的に情報から離れることも、心の安定につながります。
災害時に役立つデジタル技術と情報の備え
近年、スマートフォンやアプリなどのデジタル技術は、災害時における重要なライフラインとなっています。情報を適切に活用し、いざという時に備えましょう。
スマートフォンのバッテリー対策
災害時、スマートフォンは情報収集、安否確認、連絡手段として不可欠です。しかし、停電が起これば充電はできません。
- モバイルバッテリー
- 普段からフル充電したものを1〜2個用意し、非常用持ち出し袋に入れておきましょう。
- 乾電池式充電器
- コンセントが使えない状況でも、乾電池さえあれば充電できます。
- ポータブル電源
- 医療機器の電源としても役立つ大容量のバッテリーです。ソーラーパネル付きの製品もあります。
- 自動車からの充電
- シガーソケットから充電できるケーブルを用意しておくと、避難の車内などで活用できます。
SNSでの情報収集の注意点
X(旧Twitter)などのSNSは、リアルタイムで地域の情報を得るのに非常に役立ちますが、不正確な情報やデマが拡散されやすいという危険性もあります。
情報を鵜呑みにせず、必ず国や自治体、公共放送(NHK)など、信頼できる公的機関の公式アカウントが発信している情報と照らし合わせるようにしましょう。救助要請などを発信する際は、具体的な場所、状況、氏名などを明確に記載することが重要ですが、個人情報の取り扱いには十分注意してください。
日々の安定した暮らしが「自助」の基本です
ここまで、「自助」「共助」「公助」という3つの視点から、災害への備えについてお伝えしてきました。防災グッズを揃えたり、地域の訓練に参加したりすることももちろん大切ですが、最も重要な「自助」の土台となるのは、日々の安定した生活です。
心と体が健康で、生活リズムが整っていること。それが、いざという時に落ち着いて判断し、行動するための力になります。
オリーブはあなたの生活リズムと「居場所」をつくる場所
私たち就労継続支援B型事業所オリーブは、障害のある方が自分のペースで働き、日中の活動の拠点として安心して過ごせる「居場所」を提供しています。
決まった時間に家を出て、オリーブに通い、軽作業などの仕事に取り組む。仲間やスタッフとコミュニケーションをとり、一日を過ごして帰宅する。この繰り返しのなかで、自然と生活リズムが整い、心身の安定につながっていきます。安定した日常は、災害という非日常に立ち向かうための、何よりの「備え」になると私たちは考えています。
日中の安心できるコミュニティが「共助」の一助に
オリーブは、単に仕事をするだけの場所ではありません。同じような悩みや目標を持つ仲間と出会い、何気ない会話を交わすコミュニティでもあります。
災害時には、孤立が心身の健康を大きく脅かします。オリーブという日中の居場所があることで、地域社会との繋がりが生まれ、いざという時に「あの人はどうしているだろう」と気にかけてくれる人間関係が育まれます。これは、防災における「共助」の小さな、しかし確かな一歩です。
見学・相談であなたの「もしも」の不安をお聞かせください
「災害のことが心配だけど、何から備えればいいかわからない」
「一人暮らしで、いざという時に頼れる人がいない」
もし、あなたが「もしも」の時への不安を抱えているなら、一人で抱え込まずに、ぜひ一度オリーブにご相談ください。障害福祉の専門知識を持つ相談員が、あなたのお話をじっくりと伺い、日々の生活の安定から、防災に関する具体的な悩みまで、一緒に考え、サポートします。
見学は随時受け付けております。まずはお気軽にお問い合わせください。
