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PTSD(心的外傷後ストレス症)とは?主な症状や原因・治療方法を解説

突然、つらい出来事の記憶が鮮明によみがえる「フラッシュバック」。悪夢にうなされ、夜も安心して眠れない。常に神経が張り詰め、ささいな物音にもびくっと体が跳ねてしまい、心も体も休まる時がない。
もしあなたがこのような症状に悩まされているなら、それはPTSD(心的外傷後ストレス症)かもしれません。PTSDは、事故や災害、犯罪被害、虐待といった、命の危険を感じるような衝撃的な体験(トラウマ)の後に発症することがある精神疾患です。これは、決して本人の心が弱いから、あるいは精神的に未熟だからなるのではありません。
この記事では、PTSDとはどのような病気なのか、その代表的な症状、原因、そして有効な治療法について、分かりやすく丁寧に解説します。また、一人で悩みを抱え込まないための相談窓口もご紹介します。この記事が、あなたやあなたの大切な人が耐え難い苦しみから抜け出し、穏やかな日常を取り戻すための一助となれば幸いです。
PTSD(心的外傷後ストレス症)とは
PTSDは、英語の「Post-Traumatic Stress Disorder」の頭文字をとったもので、日本語では「心的外傷後ストレス障害」とも訳されます。まずは、その基本的な概念について理解を深めましょう。
PTSDの原因となる「トラウマ(心的外傷)」
PTSDの直接的な原因は、強烈な恐怖や無力感を伴う、衝撃的な出来事を体験、または目撃することです。このような、心の傷となるような体験を「トラウマ(心的外傷)」と呼びます。トラウマとなりうる出来事には、以下のようなものが挙げられます。
- 自然災害:
- 地震、津波、洪水、火山の噴火、大規模な火災など
- 事故:
- 交通事故、労働災害、転落事故など、命の危険を感じるもの
- 犯罪被害:
- 暴力、強盗、性暴力、監禁、誘拐など
- 虐待:
- 幼少期の身体的虐待、精神的虐待、性的虐待、ネグレクト(育児放棄)など
- いじめ:
- 執拗で深刻ないじめ体験(特に、身体的暴力や生命の危機を感じるもの)
- 戦争・紛争:
- 戦闘への参加、テロ事件への遭遇、難民体験など
- その他:
- 大切な人の突然の死(特に、事件や事故、自死などによる)、重い病気の診断、深刻な医療過誤など
重要なのは、同じ出来事を体験しても、全ての人がPTSDを発症するわけではない、ということです。ある出来事がトラウマになるかどうかは、その人が感じた恐怖や衝撃の度合い、個人の元々の特性、そしてその後の周囲からのサポートの有無など、様々な要因が複雑に絡み合って決まります。
PTSDは誰にでも起こりうる「正常な反応」
PTSDは、特別な人がなる病気ではありません。トラウマとなるような出来事を体験すれば、年齢や性別、性格、経歴に関わらず、誰にでも起こりうる精神疾患です。そして何より理解すべきは、PTSDは決して「心が弱いから」「精神的に未熟だから」といった理由で発症するのではないということです。むしろ、人間の脳が、耐えがたいほどの強烈なストレスから心と体を守ろうとする、ごく正常な防衛反応の結果として、様々な症状が現れると考えられています。自分を責めたり、恥じたりする必要は全くありません。大切なのは、PTSDが治療可能な病気であることを知り、できるだけ早く専門的な助けを求めることです。
PTSDの代表的な4つの症状
PTSDの症状は、多岐にわたりますが、大きく分けて4つのカテゴリーに分類されます。これらの症状は、トラウマ体験から1ヶ月以上経っても持続するのが特徴です。(1ヶ月未満の場合は「急性ストレス障害」と診断されることがあります)
1. 意図せずよみがえる「再体験症状(侵入症状)」
トラウマ体験の記憶が、本人の意思とは全く関係なく、繰り返し鮮明によみがえってくる症状群です。まるで今、再びその出来事を体験しているかのような、強烈な恐怖や苦痛、無力感を伴います。
- フラッシュバック:
- 日中のふとした瞬間に、トラウマ体験の光景や音、匂い、身体感覚などが、断片的に、あるいは一連の映像として、生々しく現実感をもってよみがえります。
- 悪夢:
- トラウマ体験そのものや、関連する内容の悪夢を繰り返し見ます。うなされて夜中に何度も目が覚め、眠ること自体が怖くなり、十分な睡眠がとれなくなります。
- 侵入的想起:
- 望んでいないのに、トラウマ体験の記憶が繰り返し心に浮かび、頭から離れず、苦しめられます。
- 精神的・身体的苦痛:
- トラウマを思い出させるもの(トリガーと呼ばれます)に触れた時に、動悸、発汗、震え、呼吸困難といった身体的な反応や、激しい恐怖、怒り、悲しみといった精神的な苦痛が引き起こされます。
2. つらい記憶を避ける「回避症状」
トラウマ体験を思い出させるような人、場所、物、会話、感情などを、意識的あるいは無意識的に避けようとする症状です。苦痛から心を守るための防衛反応ですが、これが生活の幅を狭めてしまいます。
- 外的な回避:
- 事故現場に近づかない、ニュースを見ない、関連する話題を避ける、特定の服装の人を避けるなど、トラウマを連想させる外部の刺激を徹底して避けようとします。
- 内的な回避:
- トラウマ体験について考えたり、感じたりするのをやめようとします。その結果、感情や感覚が麻痺したようになり、「何も感じない」状態になります。喜びや愛情といったポジティブな感情も感じにくくなることがあります。
- 解離性健忘:
- 自分を守るために、トラウマ体験の重要な部分を思い出せなくなることがあります。
回避行動は、一時的に苦痛から逃れることにはなりますが、長期的には回復を妨げ、社会的な孤立を深めてしまう原因となります。
3. 考え方や感情が否定的になる「認知と気分の陰性変化」
トラウマ体験の後、物事の考え方(認知)や気分に、持続的な否定的な変化が見られる症状です。世界が以前とは全く違う、危険な場所に見えてしまいます。
- 否定的な信念:
- 「自分はダメな人間だ」「誰も信用できない」「世界は危険な場所だ」といった、自分や他者、世界に対する否定的で極端な考えにとらわれてしまいます。
- 自責感:
- トラウマ体験が起きたことについて、「あの時ああしていれば防げたのではないか」などと、根拠なく自分を責めたり、過剰な罪悪感を抱いたりします。
- 否定的な感情の持続:
- 恐怖、怒り、罪悪感、恥といった、つらい感情が常に心から離れず、苦しめられます。
- 興味や関心の喪失:
- 以前は楽しめていた趣味や活動、友人との交流に対して、全く興味や関心を持てなくなります。
- 孤立感・疎外感:
- 「こんなつらい体験をした自分の気持ちは、誰にも分かりはしない」と感じ、人との間に壁を作り、孤立してしまいます。
4. 常に神経が張り詰める「過覚醒症状」
トラウマ体験の後、脳の警報システムが誤作動を起こし、常に神経が過敏になり、心身が警戒態勢(闘争・逃走モード)のままになってしまう症状です。常にリラックスできず、心身ともに消耗しきってしまいます。
- 過剰な警戒心:
- 常に周りをキョロキョロと見回し、危険がないか警戒し続けます。背後に人が立つことを極端に嫌がることもあります。
- 驚愕反応(びっくり反射):
- ささいな物音や、急に人に話しかけられたことに対して、過剰にびくっと驚いてしまいます。
- いらだちやすさ・怒りの爆発:
- 些細なことでイライラしたり、突然カッとなって激しい怒りを爆発させたりします。自分でも感情のコントロールができません。
- 集中困難:
- 常に神経が張り詰めているため、一つのことに集中することが難しくなります。
- 睡眠障害:
- 寝つきが悪い、夜中に何度も目が覚める、早くに目が覚めてしまうなど、様々な睡眠に関する問題を抱えます。
- 自己破壊的・無謀な行動:
- つらい感情から逃れるために、自傷行為や、過剰な飲酒、危険な運転など、自分を危険にさらすような行動をとることがあります。
PTSDの診断基準と合併しやすい病気
これらの症状に心当たりがある場合、専門家による正確な診断を受けることが、回復への第一歩となります。
専門医による国際的な基準に基づく診断
PTSDの診断は、精神科や心療内科の専門医によって、DSM-5(アメリカ精神医学会「精神疾患の診断・統計マニュアル 第5版」)などの国際的な診断基準に基づいて行われます。
診断の際には、トラウマ体験の有無と内容の確認に加え、上記の4つのカテゴリー(再体験、回避、認知と気分の陰性変化、過覚醒)の症状が、それぞれ基準の数以上存在し、それらの症状が「1ヶ月以上」持続しており、そのために著しい苦痛や、社会生活・職業生活上の機能の低下が生じていることなどが、丁寧な問診を通じて総合的に評価されます。
うつ病や不安障害などを合併することも
PTSDの症状は非常に苦痛が大きいため、他の精神疾患を併発(合併)することが少なくありません。
- うつ病:
- 最も合併しやすい疾患の一つです。持続的な気分の落ち込み、興味の喪失、自責感などが加わり、さらに苦しい状態になります。
- 不安障害:
- パニック障害、全般不安障害、社交不安障害など、過剰な不安や恐怖を伴う疾患を合併することがあります。
- アルコール・薬物使用障害:
- トラウマによる耐え難い苦痛を一時的にでも紛らわすために、アルコールや薬物に依存してしまうケースがあります。
- 解離性障害:
- つらい記憶や感情から心を守るために、意識や記憶、知覚が一時的に分断されてしまう状態です。「自分が自分でないような感覚」や、記憶の一部が抜け落ちるなどの症状が見られます。
これらの疾患を合併すると、症状がより複雑になり、治療が難しくなることがあるため、早期に適切な治療を開始することがより一層重要になります。
PTSDの主な治療方法
PTSDは、自然に治るのを待つのではなく、専門的な治療によって改善が期待できる病気です。主に、薬物療法と心理療法が、その人の状態に合わせて組み合わせて行われます。
症状を和らげ、治療の土台をつくる「薬物療法」
薬物療法は、つらい症状を和らげ、後述する心理療法に安心して取り組めるようにするための土台を作る目的で行われます。
主に、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)という種類の抗うつ薬が用いられます。SSRIは、不安や抑うつ気分、衝動性を和らげたり、過敏になった神経を落ち着かせたりする効果が期待できます。
薬の効果が現れるまでには数週間かかることがあり、副作用が出る可能性もあります。自己判断で服薬を中断したりせず、必ず医師の指示に従い、気になることは相談することが大切です。
トラウマと向き合い、克服するための「心理療法」
PTSDの根本的な治療として、エビデンス(科学的根拠)に基づいた心理療法(カウンセリング)が非常に重要です。専門家との安全な信頼関係の中で、トラウマ体験と安全な形で向き合い、それによって生じた考え方の歪みを修正していくことを目指します。PTSDに有効性が認められている代表的な心理療法には、以下のようなものがあります。
- 持続エクスポージャー療法(PE療法):
- 安全が保証された治療環境で、専門家のサポートのもと、避けていたトラウマの記憶にあえて向き合います。録音した自分の話を聞いたり、避けていた場所を段階的に訪れたりすることを繰り返し、トラウマ記憶に付随した恐怖や不安を徐々に減らしていく治療法です。
- 認知処理療法(CPT):
- トラウマ体験によって生じた、「自分は無力だ」「世界は危険だ」「あの出来事は自分のせいだ」といった、非現実的で不健康な考え方(認知)に焦点を当てます。その考え方が本当に事実に基づいているかを、証拠を元に客観的に検証し、より現実的でバランスの取れた考え方ができるよう、専門家と一緒に取り組んでいく治療法です。
- EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法):
- 治療者が指を左右に動かすのを眼で追いながら、トラウマの記憶を思い浮かべるといった、左右交互の刺激(眼球運動など)を用います。これにより、脳の情報処理プロセスが活性化され、処理されずに凍り付いていたトラウマ記憶の処理が促され、苦痛が和らぐと考えられています。
PTSDの悩みを相談できる窓口
PTSDの治療には専門的なサポートが不可欠です。決して一人で抱え込まず、信頼できる窓口に相談してください。
精神科・心療内科などの医療機関
PTSDの診断と治療の中心となる場所です。ウェブサイトなどで、トラウマやPTSDの治療を専門としていることや、上記のような専門的な心理療法を実施していることを明記している医療機関を選ぶと、より適切な治療を受けられる可能性が高まります。
保健所・精神保健福祉センターなどの公的機関
各都道府県や市町村に設置されている公的な相談窓口です。保健師や精神保健福祉士などの専門職が、無料で相談に応じてくれます。適切な医療機関を紹介してくれたり、利用できる福祉サービスについて情報提供してくれたりする、身近な頼れる窓口です。
犯罪被害に特化した専門の相談窓口
トラウマの原因が犯罪被害である場合は、より専門的な相談窓口があります。
- 警察の相談専用電話「#9110」:
- 犯罪被害に関する様々な相談に、専門の担当者が応じてくれます。
- 法テラス(日本司法支援センター):
- 法的トラブルに関する情報提供や、弁護士による無料法律相談などを行っています。
- 各都道府県の犯罪被害者支援センター:
- 電話相談や面接相談、カウンセリング、裁判所への付き添い支援など、多岐にわたるサポートをワンストップで提供しています。
同じ体験を持つ人と繋がる当事者会・自助グループ
同じようなトラウマ体験を持つ人たちが集まり、お互いの気持ちを安心して語り合い、支え合う場です。「自分の苦しみは一人だけではなかった」と感じられることは、深い孤立感を和らげ、回復への大きな力となります。
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