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高次脳機能障害の方が仕事を続けるための課題と対策|症状別の工夫や支援制度を解説

事故や病気で高次脳機能障害と診断された後、「仕事を続けたい」「社会とのつながりを持ち続けたい」と願うのは自然なことです。しかし、いざ職場に復帰したり、仕事を続けようとしたりすると、以前はできていたはずのことが上手くできず、思いがけない壁に直面することがあります。高次脳機能障害による困難は、外見からは分かりにくいため、周囲に理解されず「やる気がない」「ミスが多い」と誤解されたり、ご自身を責めてしまったりすることも少なくありません。この記事では、高次脳機能障害のある方が仕事で直面しやすい具体的な課題を症状別に解説し、それを乗り越えるための実践的な対策や工夫、そしていざという時に頼りになる支援制度や相談先を網羅的にご紹介します。ご本人だけでなく、ご家族や企業の支援担当者の方にとっても、共に解決策を見つけるためのヒントがきっと見つかるはずです。
高次脳機能障害の症状別にみる仕事上の課題
高次脳機能障害は、脳卒中や交通事故などによる脳の損傷の後遺症で、記憶、注意、思考、感情のコントロールといった高度な精神活動に障害が生じる状態です。「見えない障害」とも呼ばれ、その症状は多岐にわたり、仕事の様々な場面で影響を及ぼします。ここでは、主な症状別に、職場でどのような課題が生じやすいのかを具体的に見ていきましょう。
記憶障害による課題:「指示を忘れる」「何度も同じことを聞く」
記憶障害は、仕事の正確性や効率に直接影響を与えるため、ご本人にとっても周囲にとっても分かりやすい課題として現れます。
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- 口頭での指示を覚えられない:上司から指示された業務内容や締め切りを、数分後には忘れてしまう。
- 新しい業務手順を覚えられない:マニュアルを読んだり、研修を受けたりしても、新しい仕事のやり方が身につかない。
- 何度も同じ質問を繰り返す:すでに教わったことを忘れ、同僚や上司に何度も同じことを聞いてしまい、関係性が気まずくなる。
- 会議や打ち合わせの内容を忘れる:会議で決まったことや、自分が担当するべきタスクを忘れてしまい、業務に支障が出る。
- 人の顔と名前が一致しない:取引先や他部署の人の顔と名前が覚えられず、円滑なコミュニケーションが難しい。
これらの課題は、本人の「やる気」の問題ではなく、脳の機能的な問題です。記憶できないことでご本人が最も強い不安や焦りを感じています。
注意障害による課題:「集中力が続かずミスが増える」
注意障害があると、一つのことに意識を向け続けることが難しくなり、これまででは考えられなかったようなミスが増えることがあります。
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- ケアレスミスが増加する:書類作成での誤字脱字、数字の入力ミス、計算間違いなど、単純なミスを頻繁に起こしてしまう。
- 作業に集中できない:オフィスの電話の音や人の話し声など、周囲の些細な刺激に気を取られ、仕事が手につかなくなる。
- 複数の作業を同時にこなせない:電話応対をしながらパソコン入力をするなど、「ながら作業」が非常に苦手になり、混乱してしまう。
- 重要な情報を聞き逃す:会議中や指示を受けている最中にぼーっとしてしまい、肝心な部分を聞き逃してしまう。
注意障害によるミスは、時に大きなトラブルに発展する可能性もあるため、集中できる環境づくりが非常に重要になります。
遂行機能障害による課題:「仕事の段取りや計画が立てられない」
遂行機能障害は、複数の業務を抱えたり、長期的なプロジェクトを進めたりする際に、大きな障壁となります。
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- 仕事の優先順位がつけられない:複数のタスクを前に、何から手をつければ良いか分からず、呆然としてしまう。
- 計画的に仕事を進められない:締め切りから逆算してスケジュールを立てたり、効率的な手順を考えたりすることができない。
- 指示待ちの状態になる:何をすべきか自分では判断できず、具体的な指示がないと動けない。
- 予期せぬトラブルに対応できない:急な仕様変更や問題発生時に、どう対処して良いか分からずパニックになってしまう。
- 報告・連絡・相談ができない:仕事の進捗状況を整理して、適切なタイミングで上司に報告することが難しい。
目に見える成果を出すための「段取り力」が損なわれるため、ご本人は「仕事ができない」と自信を失いがちになります。
社会的行動障害による課題:「感情のコントロールが難しい」
社会的行動障害は、職場での人間関係に深刻な影響を及ぼすことがあります。脳の感情をコントロールする機能がうまく働かないため、ご本人の意図とは関係なく、不適切な行動として現れてしまいます。
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- 些細なことでカッとなる:同僚の何気ない一言や、仕事が上手くいかないことに対して、急に大声で怒鳴ってしまう。
- TPOをわきまえない発言をする:会議の場で空気を読まずに不適切な発言をしたり、思ったことをそのまま口にして相手を傷つけたりする。
- 意欲が湧かず、無気力に見える:仕事への自発性がなくなり、何をすべきか分かっていても行動に移せない。周囲からは「サボっている」と誤解されがち。
- 一つのやり方に固執する:もっと効率的な方法があっても、自分のやり方にこだわり、柔軟な対応ができない。
これらの行動は、本人の人格が変わってしまったかのように見え、周囲を困惑させますが、脳の損傷による症状であることを理解する必要があります。
仕事上の課題を乗り越えるための対策と工夫
高次脳機能障害の症状そのものをなくすことは難しくても、工夫次第でその影響を最小限に抑え、仕事をスムーズに進めることは可能です。重要なのは、失われた機能を嘆くのではなく、残された機能やツールを使って「補う」という視点です。
工夫1:メモやアラームを活用し、記憶や注意を「外部化」する
記憶障害や注意障害に対しては、外部のツールを「第二の脳」として活用することが非常に有効です。
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- メモ帳を常に携帯する:指示は必ずその場でメモを取る習慣をつけます。ポケットに入るサイズのメモ帳とペンを常に用意しておきましょう。
- スマートフォンの機能をフル活用する:
- リマインダー/アラーム機能:会議の時間、タスクの締め切り、服薬の時間などをセットしておけば、確実に思い出せます。
- カレンダーアプリ:スケジュールはすべて入力し、家族や支援者と共有するのも有効です。
- 音声入力/録音機能:とっさにメモが取れない時は、音声でメモを残したり、許可を得て指示を録音させてもらったりするのも一つの方法です。
- 目につく場所にメモを貼る:パソコンのモニター周りやデスクの前に、その日の重要タスクや忘れてはいけないことを付箋で貼っておきます。
工夫2:作業環境を調整し、集中できる状況を作る
注意障害があり、気が散りやすい場合は、物理的な環境を整えることで集中力を維持しやすくなります。
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- 座席を工夫する:人の出入りが激しい通路側や、周囲の様子が視界に入りやすい場所を避け、壁際や角の席など、静かで視覚的な情報が少ない場所に変えてもらう。
- パーテーションを利用する:デスク周りをパーテーションで区切ってもらうことで、物理的に視野に入る情報を遮断し、自分の作業に集中しやすくなります。
- デスクの上を整理整頓する:仕事に関係のないものは置かないようにし、常にスッキリとした状態を保ちます。
- イヤーマフや耳栓を使用する:職場の許可を得て、周囲の雑音が気になるときに耳栓などを使用し、聴覚的な刺激をシャットアウトします。
工夫3:業務を細分化し、チェックリストで管理する
遂行機能障害があり、段取りを立てるのが苦手な場合は、一つの大きなタスクを、誰でも実行できるレベルの小さなステップに分解することが有効です。
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- 業務を分解する:「会議資料の作成」というタスクであれば、①関連データの収集、②構成案の作成、③上司への構成案の確認、④スライド作成、⑤最終チェック、といったように具体的な作業に分解します。
- チェックリストを作成する:分解した作業を順番に書き出し、チェックリストを作成します。一つ終わるごとにチェックを入れることで、進捗状況が目に見えて分かり、達成感も得られます。
- マニュアルを作成してもらう:定型的な業務については、写真や図を入れた分かりやすい作業マニュアルを作成してもらい、それを見ながら作業を進めるようにします。
職場に相談し、理解と合理的配慮を得る
個人の工夫だけで解決できない課題については、職場に相談し、理解と協力を得ることが不可欠です。2016年4月に施行された改正障害者雇用促進法により、事業者には、障害のある従業員に対して「合理的配慮」を提供することが義務付けられています。
自分の障害特性と必要な配慮を具体的に伝える
合理的配慮を得るためには、まずご自身の障害について、職場の上司や人事担当者に正しく理解してもらう必要があります。主治医や後述する支援機関の担当者と相談しながら、具体的に「何に困っていて、どうしてほしいのか」を明確に伝えることが重要です。
障害特性(症状) | 仕事上の困りごと(具体例) | 希望する配慮(具体例) |
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記憶障害 | 口頭での指示をすぐに忘れてしまう | ・重要な指示は、口頭だけでなくメールやメモなど書面でも伝えてほしい ・業務マニュアルを作成してほしい |
注意障害 | 周囲の音や動きで集中力が途切れてしまう | ・静かな席に配置してほしい ・パーテーションの設置を許可してほしい |
遂行機能障害 | 何から手をつければいいか分からなくなる | ・業務の指示は、一度に一つずつ出してほしい ・作業手順を明確にしたチェックリストを用意してほしい |
社会的行動障害 | 疲れがたまると感情的になりやすい | ・1時間に5分程度の短い休憩を許可してほしい ・体調が悪化した際に、一時的に休める場所を用意してほしい |
このように、「できないこと」と「そのための対策(希望する配慮)」をセットで伝えることで、職場側も具体的な対応を検討しやすくなります。
ご家族や職場の同僚ができるサポート
高次脳機能障害は「見えない障害」であるため、ご家族や職場の同僚など、周囲の人の理解とサポートがご本人の大きな支えとなります。
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- 障害の特性を理解する: まずは、ミスや感情的な言動が、本人の性格ややる気の問題ではなく、脳の損傷による症状であることを理解しましょう。
- コミュニケーションの工夫: 話しかける際は、まず相手の名前を呼んで注意を引いてから、短く、分かりやすい言葉で、一つずつ伝えましょう。重要なことは、メモを渡すなど視覚的に伝えるのが効果的です。
- 感情的な言動に冷静に対応する: ご本人が感情的になった場合でも、冷静に受け止め、まずはクールダウンできる時間と場所を確保しましょう。
- できている点を評価する: できないことばかりに目を向けるのではなく、ご本人ができていることや努力している過程を認め、言葉で伝えることが、自信の回復につながります。
休職や退職も選択肢|利用できる経済的な支援制度
どうしても仕事と治療・リハビリの両立が難しい場合、無理して働き続けることが、かえって症状を悪化させることもあります。そのような時は、休職や退職も重要な選択肢です。
無理せず休職し、リハビリに専念する
休職は「キャリアの中断」ではなく、心身の状態を回復させ、再び自分らしく働くための「戦略的な充電期間」と捉えることが大切です。高次脳機能障害は、焦らずじっくりとリハビリに取り組むことで、症状が改善したり、障害との上手な付き合い方が身についたりする可能性があります。
休職や退職時に利用できる経済的な支援
休職中や退職後の生活を支える主な制度として、以下のものがあります。
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- 傷病手当金:会社の健康保険に加入している人が、病気やケガで休職した場合に、給与のおおよそ3分の2が最長で通算1年6ヶ月間支給されます。
- 障害年金:病気やケガによって、日常生活や仕事が制限されるようになった場合に支給される年金です。高次脳機能障害も対象となります。
- 雇用保険の基本手当(失業保険):会社を退職し、働く意思と能力があるにもかかわらず、就職できない場合に支給されます。高次脳機能障害などの理由で就職が困難な方は「就職困難者」として、一般の離職者よりも給付日数が長くなる場合があります。
仕事への復帰や転職をサポートする専門機関
休職後の復職や、新たな職場への転職を考える際には、一人で悩まずに専門機関のサポートを活用しましょう。
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- ハローワーク:全国のハローワークには、障害のある方の就職を専門にサポートする「専門援助部門」が設置されています。
- 地域障害者職業センター:各都道府県に設置されている、障害のある方の職業リハビリテーションを専門に行う機関です。職場復帰に向けたリワーク支援も行っています。
- 就労移行支援事業所:一般企業への就職を目指す方が、PCスキルやビジネスマナーなどの職業訓練を受けたり、職場実習を行ったりする場所です。
- 就労継続支援事業所(A型/B型):すぐに一般企業で働くことが難しい方が、支援を受けながら働くことができる場所です。特にB型は、体調に合わせて自分のペースで働けるのが特徴です。
高次脳機能障害と向き合いながら仕事復帰を目指すなら|就労継続支援B型事業所オリーブへ
ここまで様々な対策や支援制度をご紹介してきましたが、「すぐに一般企業で働くのは、まだ自信がない」「まずはリハビリを兼ねて、無理のない範囲から社会参加を始めたい」と感じている方もいらっしゃるかもしれません。高次脳機能障害の特性である「疲れやすさ」や「環境の変化への弱さ」を考えると、復帰の第一歩として、ご自身の体調やペースを最優先できる環境を選ぶことは非常に賢明な選択です。
就労継続支援B型事業所オリーブは、関西エリア(大阪、兵庫、京都、奈良)で、高次脳機能障害のある方をはじめ、多くの方の「働きたい」という想いを形にするお手伝いをしています。オリーブでは、一般就労のような厳しいノルマや時間に縛られることなく、あなたが「できること」から始められます。
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- 週1日、1日だけの短時間利用も大歓迎
- 「今日は疲れたな」と感じたら、気兼ねなく休める安心の環境
- 作業内容は、あなたの得意なことや体調に合わせて一緒に考えます
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焦らず、ご自身のペースで。まずは「働くって楽しいな」「ここに来ると安心するな」と感じることから、もう一度始めてみませんか。見学やご相談は随時受け付けておりますので、ぜひお気軽に就労継続支援B型事業所オリーブへお問い合わせください。