
「病気やけがで、長期間仕事を休まなければならなくなった…」「休んでいる間の給料は出ないし、生活費はどうしよう…」予期せぬ病気やけがで働けなくなったとき、収入が途絶えることへの不安は、心身の回復にとって大きな負担となります。そんな万が一の事態に、私たちの生活を支えてくれる非常に心強い公的な制度が、健康保険の「傷病手当金」です。これは、主に会社員や公務員などが加入する健康保険から、療養中の生活を保障するために支給される手当金です。しかし、制度の名前は知っていても、自分がもらえるのか、いくら、いつまで支給されるのか、どうやって申請するのかなど、詳しい内容は分からない方も多いかもしれません。この記事では、傷病手当金の支給条件から金額の計算方法、申請手続き、注意点まで、網羅的かつ分かりやすく解説します。正しい知識を身につけ、安心して療養に専念するために、ぜひお役立てください。
傷病手当金とは?病気やけがで働けない時の生活保障制度
傷病手当金は、病気やけがで働けなくなった被保険者とその家族の生活を守るための、健康保険制度に備わった重要な所得保障の仕組みです。健康保険の被保険者(主に会社員や公務員)が、業務外の病気やけがによる療養のために仕事を休み、会社から十分な給与が受けられない場合に、本人やその家族の生活を保障するために支給されます。うつ病や適応障害といった精神疾患による休職も対象となります。療養に専念しなければならない期間、収入が完全に途絶えてしまう事態を防ぎ、経済的な心配を軽減して安心して治療を受けられるようにすることが、この制度の大きな目的です。業務上の事由による休業は、後述する「労災保険」の対象となります。
傷病手当金が支給される4つの条件
傷病手当金は、仕事を休めば誰でも受け取れるわけではありません。支給されるためには、以下の4つの条件をすべて満たす必要があります。
条件1:業務外の病気やけがによる療養であること
傷病手当金の対象となるのは、業務外(プライベート)の事由による病気やけがで療養が必要な場合です。医師の指示に基づいた自宅療養も含まれます。
- 対象となる例
- 私生活での骨折、インフルエンザ、虫垂炎、うつ病、適応障害など
- 対象とならない例
- 美容整形、健康診断、人間ドック、予防接種など(治療を目的としないため)
なお、仕事中や通勤途中の病気やけがは「業務災害」「通勤災害」とされ、健康保険ではなく「労働者災害補償保険(労災保険)」の給付対象となります。どちらに該当するか判断に迷う場合は、会社の総務・人事担当者に相談しましょう。
条件2:仕事に就くことができない状態であること
療養のために、これまで従事していた仕事に就くことができないと客観的に判断されることが必要です。この判断は、自己申告だけでなく、療養を担当する医師の意見などを基に、保険者(全国健康保険協会けんぽ、各健康保険組合など)が行います。必ずしも入院している必要はなく、医師が労務不能と認めれば、自宅療養でも支給対象となります。ただし、本人の自己都合による休みは対象外です。
条件3:連続3日間を含む4日以上仕事を休んでいること
病気やけがのために仕事を休み始めた日から、連続した3日間の休みがあり、4日目以降も仕事に就けなかった場合に、その4日目から支給が開始されます。この最初の連続した3日間を「待期期間」と呼び、この期間は傷病手当金の支給対象にはなりません。待期期間は、給与の支払いがあったかどうかは問われず、有給休暇や土日・祝日などの公休日も含まれます。一度待期期間が完成すれば、その後に出勤日を挟んでも、再度待期期間を作る必要はありません。
- 例1 :水曜日に発症し、水・木・金と連続して休んだ場合 → 待期期間が完成。土曜日以降も休む場合に、土曜日から支給対象となります。
- 例2 :金曜日に発症し、金曜日(有給)、土曜日(公休)、日曜日(公休)と休んだ場合 → 待期期間が完成。月曜日以降も休む場合に、月曜日から支給対象となります。
条件4:休んだ期間に給与の支払いがないこと
療養のために休んでいる期間について、会社から給与が支払われていないことが条件です。もし給与が支払われた場合でも、その額が傷病手当金の額よりも少ない場合は、その差額分が支給されます。有給休暇を取得した日については、給与(賃金)が支払われているため、傷病手当金は支給されません。待期期間中に有給休暇を使うことは可能ですが、待期完成後に有給休暇を取得した場合、その日は支給対象外となります。
支給期間と退職後の受給について
支給される期間には上限があり、また、退職後も一定の条件を満たすことで受給を継続できます。
支給期間は「通算して1年6か月」
傷病手当金が支給される期間は、支給が開始された日から「通算して1年6か月」です。これは、令和4年1月1日から制度が改正され、より柔軟な受け取り方が可能になりました。「通算して」とは、途中で一時的に復職し、給与が支払われた期間は1年6か月の期間にカウントされない、という意味です。例えば、3か月間傷病手当金を受給した後に2か月復職し、同じ病気やけがで再び休職した場合、残りの「1年3か月」分の手当金を引き続き受け取ることができます。この改正により、体調を見ながら断続的に働く場合でも、手当金の総受給期間が確保され、より安心して療養と仕事の両立を図れるようになりました。
退職後も条件を満たせば受給可能
傷病手当金は、原則として在職中の制度ですが、以下の2つの条件を両方とも満たしていれば、退職後も「継続給付」として受け取ることが可能です。
- 退職日までに、被保険者期間が継続して1年以上あること (健康保険の任意継続の期間は含みません)
- 退職日に、現に傷病手当金を受給しているか、または受給できる状態であること (待期期間を3日間満たしており、労務不能な状態であること)
この場合、退職後も、支給開始日から通算して1年6か月の範囲内で、傷病手当金を受け取ることができます。ただし、退職日に出勤してしまうと、「仕事に就くことができない状態」という条件を満たさなくなるため、継続給付は受けられなくなるので最大限の注意が必要です。
傷病手当金の金額と計算方法
実際に支給される傷病手当金の1日あたりの金額は、休職前の給与を基に計算されます。
1日あたりの金額の計算式
傷病手当金の1日あたりの金額は、以下の計算式で算出されます。
【支給開始日以前の継続した12か月間の各月の標準報酬月額を平均した額】÷ 30日 × (2/3)
「標準報酬月額」とは、社会保険料の計算を簡便にするため、毎月の給与を一定の区切りで等級分けしたものです。基本給だけでなく、残業代や通勤手当なども含んだ税引前の総支給額を基に決定されます。ご自身の標準報酬月額は、毎月の給与明細や、健康保険組合が発行する「被保険者証」、日本年金機構の「ねんきん定期便」などで確認できます。簡単に言えば、「休職する前の、直近1年間の給料のおおむね3分の2」が、1日あたりの支給額になるとイメージすると分かりやすいでしょう。
計算例(健康保険の加入期間が12か月以上の場合)
例えば、支給開始日以前の12か月間の標準報酬月額の平均が30万円だった場合で計算してみましょう。
- 日額相当額を計算 : 300,000円 ÷ 30日 = 10,000円
- 1日あたりの支給額を計算 : 10,000円 × (2/3) = 6,666.6…円 → 6,667円 (小数点第一位を四捨五入)
この場合、1日あたり6,667円が支給されることになります。休んだ日数分(待期期間を除く)が支払われます。
計算例(健康保険の加入期間が12か月に満たない場合)
転職したばかりなどで、健康保険の加入期間が12か月に満たない場合は、以下のいずれか低い方の金額を使って計算します。
- 支給開始日以前の、実際の加入期間における各月の標準報酬月額の平均額
- 前年度の9月30日時点における、加入している健康保険の全被保険者の標準報酬月額の平均額
これは、入社後すぐに高い給与を得た場合に、手当金の額が不当に高くなることを防ぐための措置です。
傷病手当金の申請手続きと流れ
傷病手当金は自動的に支給されるものではなく、自分で申請手続きを行う必要があります。
ステップ1:会社への報告と申請書の入手
まず、病気やけがで長期間休む可能性があることを、会社の総務・人事担当者や直属の上司に報告し、傷病手当金を利用したい旨を伝えます。申請手続きについて会社の指示を仰ぎ、「健康保険 傷病手当金支給申請書」を入手します。申請書は、会社の担当者から受け取るか、加入している健康保険組合のウェブサイトからダウンロードできます。
ステップ2:申請書の記入(本人・医師・事業主)
申請書は通常、以下の4枚で構成されています。
- 被保険者(本人)記入用 :自分の氏名、住所、振込先口座などを記入します。
- 被保険者(本人)記入用 :病名やけがの状況、休んだ期間などを記入します。
- 療養担当者(医師)記入用 :通院している病院やクリニックに持参し、医師に労務不能であったことの証明を記入してもらいます。文書作成料がかかります。
- 事業主(会社)記入用 :休んだ期間の勤務状況や、給与の支払い状況について、会社の担当者に証明を記入してもらいます。
ステップ3:健康保険組合への提出と審査
すべての記入が完了したら、申請書を会社の担当者経由で、または自分で直接、加入している健康保険組合に提出します。提出後、保険者による審査が行われ、支給が決定されると、指定した口座に傷病手当金が振り込まれます。審査には1か月程度かかるのが一般的です。
申請のタイミングと時効について
傷病手当金の申請は、給与の締め日などに合わせて、1か月単位で行うのが一般的です。医師の証明も月ごとにもらう必要があるため、定期的に手続きを行います。なお、傷病手当金を申請する権利には時効があり、労務不能であった日ごとに、その翌日から2年で消滅します。申請を忘れていた場合でも、2年以内であれば遡って請求することが可能です。
傷病手当金がもらえない・調整されるケース
他の公的制度から同様の給付を受けられる場合は、二重の保障を避けるため、傷病手当金が支給されなかったり、支給額が調整されたりすることがあります。
- 障害厚生年金や障害手当金
- 同じ病気やけがが原因で、障害厚生年金などを受け取っている場合、傷病手当金は支給されません。ただし、年金額を360で割った額が傷病手当金日額より少ない場合は、差額が支給されます。
- 労災保険の休業(補償)給付
- 業務上の病気やけがで労災保険から給付を受けている期間は、傷病手当金は受給できません。
- 出産手当金
- 産前産後休業中に出産手当金が支給される場合、出産手当金が優先されます。傷病手当金の額が出産手当金の額より多い場合に限り、差額が支給されます。
- 老齢(退職)年金
- 退職後に傷病手当金の継続給付を受けている方が、老齢年金も受給できる場合、老齢年金が優先され、傷病手当金は支給停止となります。ただし、年金額を360で割った額が傷病手当金日額より少ない場合は、差額が支給されます。
注意点:休職中の税金と社会保険料
休職中のお金の管理で、傷病手当金以外に注意すべき点があります。
傷病手当金は非課税所得
傷病手当金は、所得税や住民税の課税対象にはなりません。そのため、確定申告の必要もありません。受け取った金額が、そのまま手取りとなります。
社会保険料・住民税の支払い義務は継続
最も注意すべき点は、休職中で給与が支払われていない期間も、社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料・介護保険料)と住民税の支払いは免除されないということです。社会保険料は、通常は給与から天引きされますが、休職中は会社が立て替え、後日請求されるか、復職後に精算するのが一般的です。住民税は前年の所得に対して課税されるため、休職中でも納付が必要です。これらの支払いを念頭に置き、療養中の資金計画を立てることが非常に重要です。
療養後の働き方に不安があれば就労継続支援B型事業所オリーブへ
傷病手当金は、療養中の生活を支え、安心して治療に専念するための、非常に頼りになる制度です。そして、無事に心と体が回復し、社会復帰を考え始めたとき。「また以前のようにフルタイムで働けるだろうか」「再発して、また迷惑をかけてしまったらどうしよう」と、仕事に対する新たな不安を感じる方も少なくありません。
長期間の療養からの復帰は、焦らず、慎重に、ご自身のペースで進めることが何よりも大切です。もし、あなたが「いきなり企業で働くのはハードルが高い」「まずは働くためのリハビリから始めたい」と感じているなら、私たち就労継続支援B型事業所オリーブという選択肢があります。
オリーブは、大阪、兵庫、京都、奈良の関西エリアで、病気や障害のある方がご自身のペースを大切にしながら、安心して働く準備ができる場所です。雇用契約を結ばないため、週に1日、1日1時間といったごく短い時間から利用を開始し、体調に合わせて無理なくステップアップしていくことができます。
データ入力や軽作業など、ストレスの少ない仕事を通じて、まずは安定した生活リズムを取り戻し、働くことへの自信を育む。オリーブは、そんな「働くためのリハビリステーション」です。傷病手当金を受けながら療養した後の、社会復帰への第一歩として。ぜひ一度、オリーブの見学・相談にお越しください。あなたらしい働き方を、一緒に見つけていきましょう。